The Beautiful Beast.
森の手前にある、不気味なぼろぼろの城のような建物。村の外れにあるそこには、獣がいると言い伝えられてきた。その獣は醜く、人が城に入ったが最後食べられてしまうのだと。そして獣は村人の恐れの対象であり、神様のようなものでもある。その獣は大きな力を持っているらしい。人には決して、抗えぬものに対抗出来る力を。―百年に一度、生贄を捧げれば村は安泰するだろう。―それを信じ、捧げたからこそ今も村がある。そしてその生贄に、私が選ばれた。村では生贄に選ばれることはとても名誉なことだと教えられていたし、私もそれを望んだ。それに断る権利なんてなかったのだ、私の家は貧しかったから。そうして私は、城に来た。一つ教えられた掟に従い私は生贄だということを隠し、偶然を装って城に入った。
そこで出会ったのは、とても美しい人だった。
醜くも凶暴でもなく、私達と特に変わるところはなかった。出会って一週間後、私は幼い頃に読んだ絵本を思い出した。そこには彼と思われる獣が描かれていた。人から獣になった彼が、一人の人間を愛し後悔し、最終的に人間になる話だ。物語はハッピーエンドともバッドエンドとも言えない。なぜなら二人とも死んでしまうからだ。
その絵本の獣は、温かさを忘れてしまっていた。長い間一人で生き、永久の時間を手に入れた肉体に温かさなどなかったからだ。
彼を絵本の彼と同一視した理由は、一番はそこだった。彼に触れたら冷たくて、触れた場所から寂しさや悲しさが伝わってくるような、そんな気がしたからだ。
そして一年後、私は彼に惹かれていた。
どうして、なぜ、と聞かれても答えられない。私はどうしても彼と一緒にいたいと思ってしまったのだ。それがいけないことだと、わかっていながら。
彼に傍にいたいと伝えても、彼は変わらなかった。私なりの遠回しな告白だったのだけれど、その意味を理解したかどうかはわからない。もしかしたらわかっていて、けれど気づかなかった振りをしたのかもしれない。
どちらにせよ、私は彼に好きと伝えるつもりはない。私には出来ないのだ。
それからは今まで通り過ごしている。けれど以前より彼との壁を感じない。それを嬉しく思う。
彼は博識で、書庫で共に本を読んで色んなことを教えて貰った。それは凄く幸せで、楽しかった。
私が生きてきた中でここまで幸せだったことはない。不幸だったと言うわけではないが、幸せではなかった。
――臨也は優しかった。そこにまた惹かれて、彼と一緒に過ごし始めて五年を過ぎた時、これが愛だと気づいた。
恋というものを知らなかった。漠然と、私は決められた人と一緒になるのだろうと思っていたから。
恋愛なんて知らなくていい、あったって邪魔なだけ……そう思っていたけれど、彼と出会ってからとてもいいものなのだと気づいた。結ばれても、結ばれなくても、人を愛することはそれだけで幸せなのだ。
私が初めて愛した人が、彼で良かったと思う。
*
しわしわになった手の平を見る。私はもう、おばあちゃんになってしまった。彼と出会ってから半世紀以上……もう私も終わりが近づいているみたいだ。悲しそうな顔で私を覗き込む臨也に微笑んだ。
「今まで、ありがとう」
臨也の目から涙が一筋、零れる。慌てて拭っていたけれど、見てしまった。―「私が死ぬときは、笑っていてね」―そう言った私の約束を守ろうとしてくれているようだ。
私は心地よい波に身体を預けようと瞳を閉じる。遠い場所で、獣が吠えているような音がした。それは悲しく、心が痛くなるような咆哮だった……。
作品名:The Beautiful Beast. 作家名:普(あまね)