SLAMDUNK 7×14 作品
君の熱 僕の熱
目で追うのは、ボールの行方。
きれいな放物線を描いて、吸い込まれていく球体。
の、ハズだった。
気がつけば、求めているのはそれを操るあの人の姿で、声で、笑顔だったりする。
そんなことに気づいてしまったらもう止められるわけもなく、ただただ祈るばかり。
この気持ちがバレないように。(早く俺に気づいてほしい。)
いままでの自分でいられるように。(その総てで俺だけを見て欲しい。)
そんなわけで、目下ぐちゃぐちゃのうじうじだ。
「で、本気なの?」
「は?」
「だから、ミッチーを好きだっていう、宮城さんの気持ち」
それが好奇心からなのか、俺に解決策を見出してくれるためなのかは分からないけれど、屋上のフェンスにもたれ、不自然じゃない距離に陣取った水戸は、ゆっくりとした動作で胸ポケットからタバコを抜き出した。
「吸うのかよ」
「モチロン。相談受けてやってるんだから、ゴチャゴチャいわねーで下さいよ」
「いわねーよ」
慣れた手つきで火をつけたそれの煙を、水戸は軽く空へと飛ばす。
踵をはきつぶした上履きのまま両足を投げ出し座る俺は、その煙を追いかけて、すっかり夕暮れの色をした空を見上げた。
いつもだったらまだ部活をやっている時間だ。
水戸の真似をして、息を空へと飛ばしてみた。
くつくつと、声を殺して水戸が笑う。別に不愉快でもなかったから、そのままにしておいた。
かしゃん。と音がして。
オレンジ色した景色の中に、水戸の顔が入り込んできた。
左手でフェンスをつかみ、右手のタバコは外に向けて、俺を見下ろしている。
「本気なの?」
「ああ」
「ふーん」
短く、でもはっきりと答えると、水戸はほんの少し目を細めた。
見据えられた視線を外す理由もなかったのでそのままでいたら、やはりゆったりとした動作でタバコを口元に持っていって、ことさら自然に煙を吐き出した。
吸い込んだ煙にむせて、俺は勢い良く咳き込む。
まだ少しだけ冷たい風が、それを空気中に溶かして連れ去った。
「っ、何すんだよ!?」
「スポーツマン。慣れてないんだね、タバコ」
「ンだと、このヤロー!」
立ち上がって学ランの襟元をつかみあげると、そんなに身長差のない俺たちは、向かい合って顔をあわせる事になった。
「ちょっとした冗談。そんなに熱くならないでよ宮城さん」
「冗談だと? 俺はマジメに話してんだ!」
「ごめんごめん、分かってるって」
ぽい、と水戸はタバコを投げ捨てた。それを視界の端で確認して、俺はようやく水戸との間に距離を置いた。
「相談に乗ってあげるつもりだったんだけど。宮城さん、ツラそうだし」
「じゃあそうしてやってくれよ」
「たった今、無理になった。ごめんね」
まったく悪びれもせずにこりと笑う水戸は、あっさりと躊躇いもなく俺を抱き寄せた。
突然の感覚に抵抗する間もなく体を拘束されて、次の瞬間、唇が触れた。
苦い味が口の中に広がって、吐き気にも近い何かがこみ上げてきた。
力いっぱい水戸を突き飛ばすと、げほげほと大げさに咳をして唇を袖でぬぐう。
今度は声を出して笑った水戸に容赦なく殴りかかった。
鈍い音がして、屋上のコンクリートに水戸が倒れこんだ。
こいつ、わざと食らいやがった。
瞬間的に冷めた脳内で、それでも思考は相変わらず真っ白な煙に犯されたまま。
本気です、なんて言うからいけないんだと水戸は笑う。
それじゃこっちも本気を見せなきゃいけなくなったじゃないかと、刺すような視線で笑う。
それって、水戸が俺を好きってことか…?
本能的なナニカが、それは違うんじゃないかと叫んだ。
手助けできなくてすみませんと形ばかりの言葉を残して、しっかりとした足取りで水戸は背を向けた。
そこにはさっき殴られたダメージなんて微塵も感じなくて、思わずこぶしを握りしめる。
あ、と短くつぶやいて、水戸が振り返った。
そして。
「あの人は、キスしてもむせたりなんかしなかったよ」
ひとこと。
急に力が抜けて座り込んだ俺を見ながら、ばいばいと手を振って水戸は去っていった。
ただ、呆然と。今の言葉を考えてみる。
あの人は、三井さんは。
キスしても、水戸が三井さんに。
むせたりなんかしなかったよ。…拒否しなかった、と…?
とんでもなく強力な敵が、たった今まで俺の目の前にいたわけだ。
苦いキスが、あいつの宣戦布告。
だとしたら。
次に会ったときは俺もお返ししてやろうと、思ってから笑えてきた。
作品名:SLAMDUNK 7×14 作品 作家名:鎖霧