【腐デュラララ!!】4月病【シズイザ】
「?」
耳を掠めた音に落ちかけた静雄の意識が浮き上がる。
何か聴こえる。すーっすーっと深く呼吸するような音。
静雄は一度は閉じた瞼をのろのろと開いた。
さっきまでは気づかなかったような、視界を閉ざしてようやく耳に届くような、ごくごく幽かな音。
辺りを見回しても、特になにもいない。
下の教室から聞こえてきたのか?否、静雄はもう一度眼を閉じると、音はやや上のほうから聴こえてくるようだった。
大体の方向に眼を向けると、そこには屋上と階段を繋ぐ扉があり、その横には梯子階段がついている。
どうやらその梯子を上った先に、音源はあるらしい。
それが何か確かめるべきか否か、静雄は一瞬戸惑う。もしかしたら、先客がいたのか、あるいは猫が迷い込みでもしたのか?
後者なら保護してやらなければならないだろう…とそこまで考えたところで、静雄の逡巡は途絶えた。
「……大トロ…むにゃ、」
それは確かに聞き覚えのある、否、むしろ吐き気がするほど聞き覚えのあるあの男の声だった。
まどろみかけていた思考が、肉体が一気に活性化するのを感じる。
穏やかに弧を描いていた唇が、痙攣する様にして引きあがった。
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はたして、静雄は屋上にはいなかった。
珍しく予想が外れたな、と思ったところで、背後から階段を昇ってくる音が臨也の耳に届いた。
「げっ」
この横柄な足音は間違いなく静雄のものだ、と臨也は確信する。だてに一年間追いかけられてはいないのだ。
とりあえず、このまま対面しては逃げ道を確保することができない。
臨也は咄嗟に扉の隣に設置された梯子階段に手を伸ばした。とりあえずは上でやり過ごすしかない。
梯子を上りきり、身を伏せたところで、扉が開いた。間一髪だ。
匍匐のような姿勢で、ちらと下の様子を伺ってみると、やはりそこに立っていたのは平和島静雄であった。
左手にコンビニの袋を持って、右手で気だるそうに頭を掻いている。
誰もいないことを確かめているのか、ちらちらと辺りを眺めてから、ほっと息を吐き、フェンスを背に腰を下ろした。
それからごそごそと焼きそばパンやらメロンパンやらを袋から取り出し、もさもさと食べ始めた。
血まみれになりながら拳を振るう姿ばかりを見てきた臨也の目には、静雄がごく普通にものを食べている姿が実に新鮮に映った。
成長期の男子らしいガツガツとした食い方であっという間にパンはなくなった。
指先についたメロンパンの砂糖をぺろぺろと舐めるさまは、ごくごく子どもじみていて、臨也は笑いを堪えるために口を押さえた。
最後に仕上げ、といわんばかりに牛乳一瓶を取り出して、静雄は一気に飲み干してしまう。
あの男、あれ以上でかくなるつもりなのか、その背を少しは自分にも分けてほしいものだと臨也は心のなかでひとりごちる。
そんな臨也のことなど露知らず、ぷはぁっと親父みたいな声を出して、静雄は息をついた。
そのまま何故かぼうっと手の中の牛乳瓶を見つめている。
食事を終えたところでからかいにいこうかと思っていたのだが、牛乳瓶を凝視する静雄のその表情に、
臨也はむしろこのまま観察を続けているほうが、よっぽど面白いのではないだろうかと考えた。
上体を起こそうと力を入れかけた腕を再び脱力させる。
このところ寒い日が続いていたが、幸い今日は暖かい。
じっくりと観察して、シズちゃんをからかうネタの一つや二つを見つけてやろう。
そんなことを臨也は暢気に考えていた、のだが―。
作品名:【腐デュラララ!!】4月病【シズイザ】 作家名:rikka