【腐デュラララ!!】4月病【シズイザ】
殺してしまおうか。
とりあえず、これは千載一遇のチャンスだ。
武器はないが、とりあえず拳でどうにかなるだろう。
静雄は身を屈めたまま、憎くて憎くてしょうがない男の寝顔をみつめた。
これだけ近づいてもなお、暢気に眠っている男に半ば呆れを感じる。
こいつ、こんなに間抜けな奴だったのか。
いつも飄々と静雄から逃げ出しては、自由自在に雑魚を操り、攻撃をしかけてくる奴が、
こんなに無防備な寝顔を晒している。
よく見れば、臨也の目のしたには随分と濃い隈ができている。それにこの熟睡具合。
普段からよっぽど無茶な生活を送っているのではないかと思う。
いや、そんなことは静雄には全く関係のないことなのだけれど。
でも、こいつも、普通に寝るんだな。俺たちみたいに。
そんな馬鹿みたいに当たり前なことに、静雄は何故か安堵に似たものを感じていた。
世俗の垢に自ら塗れて楽しんでいるような奴なのに、どこか、浮世めいた感じが臨也にはあった。
それは臨也が底知れない邪悪さを隠し持っているせいなのかもしれないし、
人間を愛していると叫びながらも、他者を決して踏み入れさせない領域を誇示しているせいかもしれなかった。
それでも、周りの連中は臨也のそんなところを畏れ、同時に惹かれているようだった。
そのことが静雄には到底理解できない。何を考えているのか分からない奴も、愛を容易く謳う奴も、静雄は嫌いだ。
故に―
平和島静雄は、出会ったときから、その存在を認識したときから、折原臨也を嫌い、それを堂々と宣言してしまった。
そしてそれ相応(以上)の対価を静雄は支払うことになった。
しかし、そうしたものを包含した臨也の自我は今眠りの中で失われている。
目の前にいる折原臨也は只呼吸を繰り返すだけのまっさらな存在であり、
そこには邪悪さも他者を拒む壁も存在しない。
淡色の空からふわりと舞い降りた温かな風がそっと二人の間を通り抜ける。
臨也の短めの前髪が靡いて、額の白さが目立った。
思えば、こんなに近くでまじまじと臨也の顔を見るのは初めてだった。
女子たちはこいつを綺麗だとか、かっこいいとか言ってるが、
正直、男の俺には同じく男であるコイツの美醜に興味はない。
ただ――ただ、だ。
何の思惟もなく、無心に、眠っている臨也を、
静雄はなんとなく殴る気にはなれなくなっていた。
だって、二人の間に吹く風は、今日はこんなにもやさしいのだ。
血の匂いがしない。金属が擦れあう音も、何かが壊れる音もしない。
罵倒も、嘲笑もない。ただただ、静かで、平和で、やさしい時間。
それは静雄がずっと希求し、臨也が容易く奪い去ったものだった。
それでも、奇跡的にそれが今、ここにあるというのなら、それが赦されるというのなら、
静雄は自らの手でそれを壊したいとは思わなかった。
それでも、こんなチャンスを逃してしまってもいいのかと、静雄は改めて自問する。
殺したいほどムカツク野郎だ。こいつのせいで俺は平和な学校生活を送れなくなった。
俺はこいつに本当にひどいことをされてきたんだ。
憎い奴だ。卑怯で、傲慢で、ノミ蟲で。
静雄の指先がぴくりと動く。
そうだ、こいつさえいなければ、俺は平穏無事に過ごせるだろう。
そうすれば、周りも俺を化物を見るような目つきでみることもない。
全部、全部こいつのせいなんだ。
静雄はひくついた指をようやく臨也に伸ばした。
そして指先が皮膚に触れようとした瞬間、静雄の首筋に冷たい感触が触れた。
「眠っている人間を襲うのは卑怯でしょ?」
ねぇ、シズちゃん?
赤い眼が、静雄を捉えた。
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どうしてこうなった!
折原臨也は久々に冷や汗をかいていた。
確かに最近は裏家業が忙しくて禄に睡眠をとることができていなかった。それでも平和島静雄を前に寝こけるほど、自分が間抜けだとは思わなかった。静雄の気配が自分のすぐ傍にあるのを感じる。繰り返すようだが、だてに1年間、彼と鬼ごっこをしてきたわけじゃない。静雄にマウントポジションをとられていることに気づいた瞬間でも、寝たふりを続けられたのはさすが自分といったところか。兎に角、今は相手の様子を伺うしかない。あちらが攻撃をしかけてきた瞬間に最も隙が生まれるだろう。その機会を見計らって、こちらも行動を起こすしかない。臨也は想定しうる攻撃パターンを頭に思い浮かべ、それに対する自分の対処法をイメージした。
しかし、臨也の予想に反して、静雄はいつまでたっても動かない。ただ傍らにしゃがみ、臨也の顔をじっと覗きこんでいる。間髪入れずに攻撃されるよりはマシだが、それにしても時間が長い。静雄はなにを考えているのか、何をするつもりなのか。臨也の中で「理解できない」ことに対する困惑と苛立ちが生まれる。自分の顔をしげしげと眺めたところで、静雄に何の得があるのだろう。全く平和島静雄という男は理解できない。だから嫌いなのだ、と臨也は内心で舌打ちする。殴りかかってくるならさっさとやってしまえばいいのに。そう思ったところで、ようやく静雄の動く気配がした。
臨也は、平素のごとくナイフを取り出すと、静雄の首筋に当たるであろう場所にその刃を突きつけた。同時に眼を開けると、空の青と、静雄の金髪が、溢れる光の中に飛び込んでくる。穏やかな春の日差しのなかでも、ずっと瞼を閉じていた目には世界が眩しく映った。
「眠っている人間を襲うのは卑怯でしょ?」
ねぇ、シズちゃん?
眼を細め、驚愕しているであろう静雄の表情を捉えようとする。
そして―驚いたのは臨也のほうだった。
作品名:【腐デュラララ!!】4月病【シズイザ】 作家名:rikka