Crazy Party
第4章 とにかく、踊ろう!
壁際に立ったまま、背の高いグラスに口をつけてアルコールを飲みつつ、今いる場所をじっくりと、物珍しそうに観察する。
曲が遅めなぶん、フロアーで踊っているカップルの密着度はかなり高かった。
さっきのハイテンションなダンスは、イマイチついていけないと思っていたけれど、この曲なら、なんとかなりそうだ。
ドラコは踊っているフロアーを、見るともなしに、眺めていた。
ザビニもドラコに寄りかかって、アルコールをちびりちびりと飲みながら、同じようにフロアーのほうを眺めている。
褐色の肌と黒髪を持つザビニは、オリエンタルな血が混じって、魅惑的な風貌だ。
小柄ゆえにやや幼く、少女のように見えてしまう。
逆にドラコはの恰好は、プラチナのストレートの髪は、暗がりの中でも、ツヤツヤと輝いている。
そこから覗く瞳はシルバーに近い青で、まるで人形のように美しかった。
──ただし、長身の上に、踵の高いハイヒールまで履いているから、規格外に背丈が高かったけれど……
「……なんだか、バスの中と同じで、みんながこちらを見ている視線を感じるんだけど?」
「ああ、そうみたいだな」
別に気にする風でもなく、ザビニはあっさりと気軽に答える。
「やはり自分たちが女装をしているのが変すぎるのか?……それとも、もしかして、魔法使いだってバレたんじゃあ……」
焦ったように囁くドラコのほほを、ザビニはおもむろにぎゅっと掴み、容赦なくねじり上げた。
いきなりそんなことをされて、痛さにドラコは顔をしかめて、「なにするんだ!」と相手に食ってかかる。
「もう、いい加減、その話はやめろよ、ドラコ。うんざりだ!僕たちは変じゃない。美人で美形に、決まっているだろ。ふたりとも元々が、すこぶるいいんだから。――それに魔法使いがバレたもなにも、今の僕たちの恰好は、魔女そのものじゃないか。ハロウィンだし、こういう恰好をしている女なんか、このフロアーだけで、掃いて捨てるほどたくさんいるぞ。奇抜すぎて、目立っている訳ないだろ」
「だったら、なんで、みんながこっちを見ているんだよ」
「自分たちを見ているのは男ばかりじゃないか。考えたら、分かるだろ? まったく!」
「分からないから、お前に聞いているんだ……。教えろよ」
「本当、どうしようもないな」
半端あきれたように、肩をすくめる。
そして、それ以上答えようとはせず、ザビニはドラコから離れて、フロアーへと進んでいく。
ものの数歩も行かないうちに、ふたりの男が近寄ってきて、ザビニに顔を寄せると、何事か囁いた。
ザビニはふたりの男を交互に見比べると、あっさりとひとりの男を選んで、腕を差し出すと、選ばれた男は嬉しそうに手を取って、フロアーへと進んで行った。
ザビニは男といっしょに軽やかにステップを踏んで、踊り始める。
腕を掴まれたり、引き寄せられたり、ウエストに手を回されても、いたって平気な顔でそ
の行為を受けたり、寄せてきた顔を「ノー」と言って、相手を遠ざけたりして、男の扱いもなかなかのものだ。
さすがは、子供の頃から派手なゴシップで飾り立てられた母親に連れられて、いろんな場所で、大人たちに囲まれて、育っただけのことはある。
いい加減で、お金にも時間にもルーズで、平気な顔で嘘をついて、賭け事もアルコールも大好きで、自堕落な彼。
――しかし、そのすべてがザビニの魅力だった。
上流階級という、限られた世界の中で暮らし続けているドラコとは、経験値が違った。
まったくお話にもならない。
到底ザビニのように、自由に生きることなど出来なかった。
ドラコは一気にグラスを傾ける。
やや強めのアルコールが、からだに染み渡っていく感じが心地よくて、頭の芯がぼんやりとしてきた。
……多分、自分はザビニと会わなかったら、とてもなくつまらない、死にたくなるほど平坦な日々の繰り返しだったに違いない。
またドラコは一口、アルコールを飲む。
彼がいなかったら、こんな店など訪れないし、こんな場所で立ったままアルコールなど飲んでいないし、ましてや、女装などするはずもなかった。
(バカだなぁ……)と、思う。
それが自分に向けてなのか、あそこで平気な顔で男とダンスしているザビニに向けてなのか分からない。
なんだかアルコールのおかげで、無性に笑いたくなってきた。
バカなことをしている自分の行動が、とてつもなくおかしかったのかもしれない。
クスクスと上機嫌で声を上げながら、最後まで飲み干す。
何も残っていないグラスを確かめると、もう一杯飲みたくてカウンターへと向かった。
壁から離れた途端、傍に立っていた男がすかさず話しかけてくる。
「なにか飲む?おごろうか?」
ドラコはチラリと相手を見て、無言で通り過ぎた。
別に見知らぬ相手に奢ってもらう筋合いなどない。
今まで、一度だってそんな経験など、なかったらからだ。
(変なヤツ)と思いながら、歩いていく。
結構な注文を捌くには、かなり少なめのバーマンが立ち動いているカウンターに近づいた。
たくさんの人が注文しようと、ごった返している中を、自分もやや大きめの声で注文する。
やっとオーダーが通り、グラスを渡され、コインを渡そうとすると、スッと後ろから誰かが支払ってくれた。
振り返ると、さっき声をかけてきた男が立っていて、「どうぞ」と短く答えた。
「ありがとう」と返事しながら、どこで飲もうかと空いている場所を探そうとしたら、腕を引っ張られて、人が空いているところへと案内された。
「ドライマティーニが好きなの?」
ドラコはじっと探るように相手を見てから、「強い酒が好きなんだ」と答える。
相手は大げさに肩をすくめた。
「アルコールは強いんだ?」
無言で視線を外さず、コクリと頷く。
(とりあえず、こんな恰好をしているのが恥ずかしくない位は、酔っぱらったほうがいいからな)などと、本音を心の中で呟く。
グラスを傾けていると、相手はドラコの表情に、感嘆の声を上げた。
「相手をじっと見つめるのは、君の癖なの?ものすごくグッとくるんだけど」
などと言いつつ、ドラコのグラスが空くのを確認すると、フロアーへと誘った。
じっと見詰めるのは、実は相手の行動や言動の意味を理解しようとして、ドラコは相手を無言で探るように観察していたのだけだ。
それなのに、相手は別に意味に取ったらしい。
――そして、やっと、ドラコは理解した。
全く信じられなかったけれども、相手はドラコをダンスに誘いたいらしい。
意味もなく奢ってくれたのではなく、ちゃんと下心があった訳だ。
今までドラコは、女性に飲み物を奢ったことは、何度もあったけれど、逆に奢られた経験など一度もない。
当たり前だ。
男性相手にわざわざ酒を奢るほど酔狂な男など、いないに決まっているからだ。
しかし、今のドラコはメイクをして、スカートまで履いて、一応女性に見える。
『女性だったから自分は奢られたのか』と、やっと合点がいった。
「なんだ、そうだったのか!」
などと思わず声を出してしまう。
相手が不思議そうに、ドラコの顔を覗き込んだ。
「いや、なんでもない……」
やっと謎が解決して、ドラコはご機嫌になった。
作品名:Crazy Party 作家名:sabure