Crazy Party
その浮かれた気分のまま、相手の差し出された手を取る。
向かい合うと、相手は長身のドラコより背が小さかった。
多分、靴さえ脱げば同じくらいの背恰好なのに、今はドラコのほうが頭ひとつ分、高い。
踊ってみると、別にワルツのような、決まったステップがあるわけではないらしい。
ただ、からだを曲に合わせて揺らして、相手の足を踏まないように、足を動かすという感じだ。
はじめは思わず男性用のステップをしてしまいそうになったけれど、勘がいいドラコは、すぐに女性のパートにも慣れた。
相手が自分より背が低いのも、いい。
いつも女性と踊っているから、相手のほうが低いことに慣れているので、それも丁度よかった。
何度か左右に揺れるように体を動かしていると、ふいにターンをしたときに相手の片方の手がドラコの背中に回り、グッと力を込めて引き寄せてくる。
一瞬で相手が近付き、胸と胸がぶつかりそうになり、ドラコはげんなりした。
(……これは、ちっとも楽しくないぞ)
よく考えれば、自分が女性の恰好をしていたら、ダンスを踊る相手は必然的に男性になることに、今更ながらに気付いた。
(何が悲しくて、男とダンスしなきゃならないんだ?)
情けなくなってくる。
(行く店を間違えた!)
ザビニを探して、文句を言ってやろうとドラコは息を巻く。
(……いや待てよ。女性の恰好をした自分が、女性と踊れるのは、多分――、ゲイクラブしかないぞ。その店に移動したら、女性とは踊れるとは思う。しかし、同性愛嗜好の相手が求めているのは、きっと同性だ。自分じゃない。だったら、女装していることをバラして、男と踊ることもできるけれど、相手は絶対にホモだぞ。嬉しくないし、むしろ怖い……)
うーっと、ドラコは唸った。
(行き場所がない)
これからどうしたらいいのか、考えがまとまらず、ごちゃごちゃになってくる。
からだを動かしているので、アルコールも回ってきて、思考が混乱して、余計に始末が悪い。
結局ドラコが出した結論は、この店のほうがマシだ、ということだ。
ザビニに文句を言ったら絶対、そっち系の店に連れて行かれて、余計にヒドイ展開になりそうだ。
――それよりも、せっかく女装をしたのだし、それならそれで、もう二度と経験することもない今の立場を利用して、『女として自分は、どれくらい価値があるか?』を試してみようと思った。
それに、いくら悪ノリしても、ここは狭くて堅苦しい魔法界じゃないのがよかった。
マグル界のクラブなんかに、わざわざハロウィンの日に乗り込んでくる魔法使いなど、いるはずもない。
フフフと笑って、ドラコはターンをした。
やがて曲が途切れたのをきっかけに、相手と「じゃあ……」と言って離れる。
すると数歩も行かないうちに、次の相手から声がかかった。
それに、ドラコはニッコリと微笑んで、その手を取る。
一曲踊って相手から離れると、すぐにまた新しい男がすり寄ってきた。
ときには一人ではなく、複数に同時に誘われるときもあるくらいに、ドラコのまわりに男性が近寄ってくる。
ドラコは相手の、ルックスも体型も重視せず、一切より好みはしなかった。
ただ踊りたいだけで、それ以上発展させるつもりなど、まるっきりなかったからだ。
今まで誘う立場だったの自分が逆転して、自分が誘われる立場になっているのが、目新しくて面白い。
しかも結構、自分がモテているのも、なんだか悪くない。
何人か相手をして、少し休もうかと思っていたら、ふいに自分の肩を誰かが掴んだ。
「――探したよ、まったく……」
相手の胸元に引き寄せられて、耳元で囁かれる。
驚き慌てて振り返ると、最初に出会った男が立っていた。
見覚えのある相手にほっと安堵し唇を緩めるとドラコの笑みを見て、相手も白い歯を見せて、照れたみたいに笑い返してきた。
相変わらず少し下がった目尻が、チャーミングだ。
(そういえば、最初に声をかけてきたこの男が、今まで出会った中で、一番ハンサムだったよな)などと思う。
相手はドラコの手を取り、ダンスを始めた。
今まで踊っていたから、また踊ることに抵抗はなかったけれど、いきなり腰に手を回して、抱きしめようとするのにはまいった。
相手の厚い胸板と、自分の胸がくっつきそうで、顔が引きつる。
さりげないステップで後ろに下がろうとしたら、相手の腕が両肩に置かれて逃げられないようにホールドされた。
まぁ、自分も男だし、本気を出せば相手から逃げ出せると高を括っていたけれど、筋肉がたっぷりついた腕回りを見て、今回は少しヤバイかもしれないと、心配になってくる。
視線を彷徨わせて、ザビニを探そうとした。
しかし、頼みの綱のザビニは背が高くないので、ごった返している人の中で見つけることが出来ない。
「俺の名前はショーン。君は?」
「ドラ……、ええっと、ドリナ」
思いっきり本名を言いそうになり、慌てて似たような女性名を告げた。
「ステキな名前だね」
そう囁きながら、ドラコの長い髪を撫で、指先をからめてくる。
髪を触られるとは思っていなかったから、カツラが外れないように魔法をかけてきて、ホントよかったと、ドラコは胸をなでおろした。
「ありがとう」と微笑む。
そうすると、またグッと相手が近付いてきた。
「きれいな瞳にキレイな髪、綺麗な顔つきだし、背丈だってすこぶる高いし、細身のスタイルに、足だって長い。――君はモデルだろ?」
「――モデル?」
ドラコは不思議そうに尋ね返すと、相手はドラコを見詰めたまま頷く。
「そう。だからそんなに背が高いし、スレンダーなのも頷けるよ。どこの雑誌か、どんなショーに出ているの?」
(そういうことだったのか!)
ドラコはやっと自分がこんなに身長が高いのに、結構男にモテたのかを理解した。
ファション系のモデルだと思われていたから、高身長でも、グラマラスでもないのに、あちこちから声を掛けられ続けたのは、そのせいだったのか。
合点はいったけれど、もちろんドラコはそんな職業のことなど、さっぱり分かるはずもない。
「いや、まだ駆け出しだから……」と、下手に突っ込まれないように、言葉を濁して曖昧に答えた。
「へぇー、そうなんだ」
ドラコの両肩に乗せていた手を、そのまま後ろへとずらして、抱きしめてくる。
上半身が重なり、相手の胸板と自分の胸が触れた。
布越しでも厚い筋肉の盛り上がりを感じる。
(本格的にヤバイかも)
ドラコは顔が引きつってきた。
やはり胸元に引き寄せられると、太い腕は腕力も相当あるらしく、どうしても突っぱねることが出来ない。
抱きしめられて、胸をくっつけてダンスをするだけでは、きっと終わらないに決まっている。
このままのノリで、下半身までくっつけられたら堪ったものじゃない!!
ドラコは慌てて、誰かいないかと、あたりを見回した。
ターンを何度も繰り返して、視線を左右に向ける。
すると、ふと見覚えのある黒髪が目に入った。
「ん?」ドラコは一瞬固まり、目を瞬かせる。
(まさか!そんな?)という思いが、一気にこみ上げてきた。
あちこちに毛先が跳ねているスタイルは、うんざりするほど見覚えがあったけれど、まさか、その相手がここに居るなんて、到底思えない。
作品名:Crazy Party 作家名:sabure