ひとりじめ
至極真面目に尋ねると、呆れかえったように溜息が返って来た。
「…ひとりじめ、したいんじゃねーの。」
キラって実際可愛い事考えるよな、と乾いた笑いと供にひとまわり年下の少年は呟いた。
その言葉に、おかしいな、と呟いて。
「…されてるつもりだったんだけどな…ひとりじめ。」
むしろひとりじめしてる、の方が正しいかも知れない。
じゃあそう言えば、とディアッカは言って立ち上がった。
「…あんま、余裕かましてると可哀想だろキラも。」
キレると怖いぜあいつ、と苦笑しながら続けるディアッカに、それはよく解ってるさと呟いて溜息をついた。実際に痛い目を見たあとなだけに、その言葉には実感が篭っている。
「んじゃま、お姫様のご機嫌とりに行くかな。」
そう言ってフラガは格納庫を後にする。
その姿を見送りながら、今度は他に当たってくれよと酷く疲れたように呟くディアッカが、心底バカップルだ、と認識を改めた事を誰も知らない。
幸せになろうなんて思わない。
だから、ひとりじめしたいなんて思ってはいけない。
けれど今の状況は幸せ過ぎて、辛い。
護るものがあった方が、人は強くなれると言うけれど。
こんなに辛い気持ちになるのなら、護るものなんてない方がいい。
随分と、そこにいる事が心地良く感じる。窮屈なはずのコックピットが、宇宙に出ていると何処までも広がっていく感覚。
戦場に出ると、いつもそうだ。まるで高い所から自分を見ているような。遠くへと広がる意識で、いつも探していて。その存在を確認して、安心すると同時に、酷く苦しい。
たった一人を護るために戦っているんだと言ったら、親友は怒るだろうか。この艦を率いる少女は呆れるだろうか。
それでも良かった。
誰に何を言われようとも。
そのために、戻ってきたのだから。
軽く頭を振って意識を現実に引き戻す。
システムをスタンバイにセットしてコックピットを出る。この状態で、自分以外の誰かがこの機体を動かすことは出来ない。
ドックから待機室へと移動すると、先に戻っていたらしい親友がお疲れ様、と言って微笑んだ。
「…大丈夫だった?」
回を重ねるごとに戦争は苛烈さを増していき、以前のようにごく近くでアスランを確認する事も出来ないほど。さすがに誰もが疲労の色を濃くしていて、それは親友も例外ではない。
今日も途中から位置の確認が出来なくなった親友にそう言うと、それはさと言って溜息をついた。
「こっちの台詞だよ、キラ。」
相変わらず無茶するなあと言ってアスランは苦笑する。
「…そんなこと、ないよ。」
曖昧に答えてパイロットスーツの襟もとを寛げた。
着慣れてしまった制服に袖を通していると、思い出したようにアスランは言う。
「…あ、そうだキラ。お客さんが来てるんだっけ。」
ロッカーの中にパイロットスーツとヘルメットをぞんざいに放り込みながら、展望室にいるよと続けた。
「…お客…?」
またモルゲンレーテの主任だろうか。ぼんやりと反芻しながらロッカーの扉を閉めると、首を傾げる。
「誰?」
その問い掛けにアスランは楽しそうに笑って行けば解るよと言った。
そう、と呟いて取り敢えず待たせているのならと扉に向かう。
「…あ」
そう言って振り返ると、親友の使っているロッカーを指差して苦笑混じりに続ける。
「…整理整頓、ね。」
それにつられて向かったアスランの視線の先には、扉からはみ出したパイロットスーツの袖が緩やかに波打っていた。
どうにも、こういう所まで無重力ってのは落ちつかない。
元は形在る物だった筈の金属の欠片が無数に漂う空間を眺めながら、溜息混じりに呟く。この欠片の中に、いつ自分が混じるか解らない。つい先ほど戦闘が一時落ち着いただけで、またすぐにでも戦闘配備に戻るかも知れない。
ここに来た時、まだキラの駆る機体は戻っていなかった。バッテリー切れと言う最大の短所がないその機体は、最後まで戦場に残っている事が多い。補給が受けられるとはいえ、その回数にも限度がある。一足先に艦に戻って、そのまま報告もせずにここに来た。
とにかく、キラに会わなくては話が進まない。
それは戦場でのキラの姿をいつも見ているからかも知れない。あの時、次の約束はしないと言った少年は、今もそのつもりで戦場に出ているのだろうか。少なくとも、なにか目的があるうちはそう無茶はしないだろうと言う確信もあるけれど、それでも時々不安になる。
「…こんな事、初めてだよなあ…」
軍人になってから、どのくらい大切なものを切り捨ててきたのだろう。あたりまえのようにある家族や、友人。実際に戦争が起こって、それがいかに脆く、守る事の難しいものかを思い知った。
「…少佐。」
静かに掛けられた声に振り返ると、待ち人が酷く驚いた様子で立っていた。
なんでこの人がここにいるんだろう、とか、知っていて黙っていたであろうアスランの顔とか。様々な疑問符がキラの頭の中で飛びかっていると、その人は柔らかな笑みを浮かべてお疲れ、と言った。
「どうしたんです…?」
少しだけ、鼓動が早くなる。
自分の中では最悪に近い別れ方をつい先日したばかりなのに、この人はどうして笑っていられるんだろう。
そう思って尋ねると、会いたくなったからさ、と返って来た。
「…キラ。」
そう呼んで、おいでと言うように両手を広げる。
気付くと床を蹴っていた。
触れた指先に体温を感じて、まだ生きている事に安堵する。
「…少佐…」
まだ、生きてる。
そう呟くと、当然だろと苦笑混じりにそう言って、柔らかく抱き締められる。
そうして、耳元で小さくごめんな、と呟いた。
「…なにがです?」
自分に謝らなければならないことそあるけれど、そう言われる事に心当たりがなくて、訊き返す。
「…色々。俺が鈍くてさ。」
少しだけ情けなさそうに笑ってフラガはそう言った。
「別にさ、呼び方なんか気にしなくっても、いつでもひとりじめされてるつもりなんだけど。」
その、囁くように言われた言葉に、キラの顔が紅く染まる。
「…そっ、そんなこと…」
言ってないじゃないですか、と言う言葉は、柔らかな口付けに塞がれて。
蕩ける様な余韻を残して唇を放すと、そんな顔するなよと言って笑う。
「…もっと先までしたくなっちゃうだろ。」
その、何処まで本気なのか解らない表情に、慌てて身体を離す。冗談だよ、と言ったフラガを睨んであなたが言うと、と溜息混じりに続ける。
「…冗談に聞こえないんですけど。」
はいはい、と言って乱暴にキラの頭を撫でる。
「いつでも真っ向勝負だねェ、キラは。」
その言葉に、そうだと思いついたように呟く。
「僕の方こそ、すみませんでした。…つまらない事で、困らせてしまって。」
そこまで言って、結局懐柔されている事に気付いて苦笑した。
「大人ってズルイですよね。」
いつだって結局最後には欲しい言葉を切り札のようにくれるのだから。
そう呟くと、そりゃ当然と言ってフラガは少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「狡くて汚いのは大人の特権だからな。」