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綾沙かへる
綾沙かへる
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唄う風

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 別に食べられない訳じゃないんだ、と言い聞かせて。
 目の前には、白いご飯に挽肉の炒めたもの、その上に目玉焼き。半熟の目玉焼きを崩して、混ぜて食べるのだと教えられた。それはとても美味そうだと思うのだけれど、挽肉の中に混ざった細かい緑色の野菜が、何かにブレーキを掛けている。
 こうあからさまに出てくるということは、多分、洗濯機の一件で怒っているのだろう。
 「…カッコ悪…」
 溜息と共に呟いた。
 そもそも洗濯機を壊したことだって、格好悪くて言えなかったのに。
 「今日、車ですからこれ食べたらコインランドリーまで行きましょうね。」
 何処か、堪えきれないと言うように笑いを噛み殺しながら言ったキラは、とても楽しそうだった。そんな顔を見ていると、多少の小さな事はどうでも良くなる。やっと、普通にこんな些細な事で笑ってくれるのだと。
 「…そうなると、俺のピーマン嫌いも少しは役に立つのか。」
 苦笑と共に零した言葉に、キラはどうかしましたか、と不思議そうに首を傾げた。
 「なんでもないよ。折角天気も良いから、少しドライブでもするか?」
 そう続けると、キラは少し困ったように微笑った。
 「…僕の、車で良ければ。」





















 意外だけれど、フラガは運転免許を持っていない。
 元々基地内でしか車に乗らないし、扱いが公道ではなく私有地なので免許は必要なく、外に出る時は大抵自分で運転しなくても良いからだ。
 そんな理由で先に伸ばした挙句、気が付いたらどうでも良くなっていた、と本人は笑っていた。
 免許を持っていないからと言って動かせないわけではなく、時々は自分でも運転しているけれど、万が一何かあったら面倒なので取り敢えずキラが運転席に収まっている。
 優秀なナビゲーションシステムは、目的地の電話番号を打ち込むだけでルートを瞬時に表示してくれる。しばらく小さなモニタを見詰めて、頭の中でルートを組み立てた。
 「…先に、用事済ませましょう。」
 隣で律儀にもシートベルトを締めていたフラガに向かってそれだけ言うと、静かにアクセルを踏み込む。
 休日の道路はほど良く空いていて、渋滞に嵌まる事も無く目的地であるコインランドリーに辿りつく。今日び殆どの家庭に洗濯機があるご時勢だからなのかは分からなかったけれど、駐車スペースに車を入れて、リアシートに積んであった山ほどの洗濯物を持って店内に入ると人影はなく、誰かが廻して行った洗濯機が低い稼動音を響かせているだけだった。店員を置く店では無いのかカウンターすらなく、両方の壁際に整然と洗濯乾燥機が並んでいる。
 「…なっつかしー」
 何処か楽しそうにフラガは呟いて、軽い足取りで一番奥にある機械に近付いて行った。
 「…来た事、あるんですか?」
 その背中を追いながら尋ねると、遠い昔に、と苦笑混じりに答えが返ってきた。
 折角人がいないんだから、二つくらい使っても文句は言われないだろ、とフラガは言って、紙袋の中身をぞんざいに機械の中に放り込んで行く。それをさり気なく押し留めて、キラは洗濯物を分け始めた。
 「少佐、こっちが手洗い表示、こっちがその他。良いですか?」
 紙袋の底から出した洗剤を片手に指を差して確認すると、フラガは一瞬不思議そうな顔をしてから盛大に吹き出した。
 「…おま、ほんっと、主婦みたいだねぇ…っ」
 無意識にこんな癖が付いてしまったのも、八割がたは目の前で笑い転げる人の所為だ。
 声には出さずに呟いて睨むと、フラガはなおも笑いながら、それでも言われた通りに二つの洗濯機に中身を分けて放り込む。洗剤を入れてスタートボタンを押してしまえば、あとは乾燥まで機械がやってくれるから、人が手を出す事も無い。
 洗濯機が廻る音だけが流れる空間で、外の自動販売機で買ってきた缶コーヒーを片手に壁際のベンチに並んで座っていた。
 窓から見える空は、清々しい初夏の済んだ青色。緩やかに流れて行く白い雲を視線で追っている内に、だんだん眠たくなってくる。そうでなくても、一定の感覚で響く低い音と、暖かな陽気と、隣にいる人の体温が心地良く感じられて、意識が遠のきそうになる。
 隣に座っているフラガは、誰かの置いて行った雑誌を捲くってはなにがそんなに面白いのか時々笑い転げていて、触れた肩が小刻みに揺れるからその度に意識が現実に引きもどされる。
 「…眠いんなら、無理しなくてもイイぞ。」
 時折虚ろな目をするキラに気付いたのか、苦笑混じりにそう言ったフラガに大丈夫です、と返事をして。それでも、気付けばその肩に頭を預けて、目を閉じていたりする。
 「いーい天気だよなあ…」
 唐突にそう呟いて、窓の向こうを目を細めて見るその人に、そうですね、と返して。
 ゆっくりと、意識は眠りの世界に引き摺り込まれて行った。


 線の細い少年だな、と思った。
 それは出会った時から今も、殆ど変わらないように思える。
 肩に掛かる重みが増したな、と思ってそっと覗き込むと、俯き加減に傾いたキラは静かに寝息を立てていた。しばらく忙しかったから、疲れていたのだろうと思った。日の光の中で見る寝顔は新鮮で、何処か幸せな気持ちをくれる。大人の顔をした少年の、「少年」らしい表情。きっと、本人に言ったら怒るのだろうけれど。
 隣りに置いた缶コーヒーを落とさないように移動させて、不安定な身体を支えるために位置を替える。
 「…ダメかも。」
 苦笑混じりに小さく呟いて、白い頬に触れる。
 いつから、こんなに大切になったのだろう。
 いつから、こんなに触れたいと思うようになったのだろう。
 なによりも、大切で。
 誰よりも、触れていたくて。
 こんなにも穏やかで、優しい時間が過ごせるなんて、想像もつかなかった。
 どんなに取り繕っても、戦争をしていて、誰かの命を奪っていたのは事実だ。汚れた両手は、けして清められる事はなく。それは、目の前で眠る少年も同じ。
 汚れた両手と、荒んだ魂を抱えたまま、一生戦場で生きて行くのだと思っていた。たくさんの人達を踏み台にして、薄っぺらい笑顔を貼りつけて、誰もが命を張っていたあの場所に立てば、言い知れぬ高揚感を確かに覚えていた。
 弱いところを見せてはいけない、とキラよりも幼い頃に軍に入った自分にそう言い聞かせて、知らずに気を張り続けて、どれが本当の自分なのかも忘れていた。
 本当は今も思い出せない。
 大人になるということは、純粋さを捨てて行くことなのだと誰かが言っていた。捨てるためのそれを、最初から何処かに置き忘れてきたから、留まることなく墜ちて行った。
 立ち止まる事が出来たのは、たった一人の少年のお陰で。
 キラは何度も、助けてくれて有り難うと言うけれど。
 「…本当に助けてもらったのは、俺の方だな。」
 無意識に虚勢を張っている大人は、本当はとても弱い。誰にも甘える事が出来ないから、それが出来る他人を求めている。心の底から、永遠に。
 何処からか、花の香りがした。
 柔らかく髪を揺らした初夏の風が、共に運んで来たそれに目を細めて。
 眠る子供の頬に掛かった髪を払いながら、そっと口付ける。


 控え目に、機械が立てるアラームが聞こえる。
作品名:唄う風 作家名:綾沙かへる