君のいる、世界は04
そもそも、コックピットに入る事が出来るのだろうか。オペレーションシステムは外からでも操作出来るし、無線を通じて指示が出せるからキラがわざわざ乗らなくとも支障はない。加えて、そこにいるだけで、嫌な事ばかりを思い出してしまうかも知れないから。そんな不安定な精神状態で動かそうものなら、冗談抜きで手加減出来るかどうか自信がない。奢るわけではなく、それもまた事実だ。
俯き加減で迷っているキラをどう取ったのか、声を掛けて来た候補生達数人は諦めたような顔をしてやっぱり、と言った。
「…乗れないんですか?」
その言葉に、少しだけむっとした。キラとて、そういつでも温和なわけではない。
「…乗れる、けど…」
平静を装って返事をする。乗れないのかと言った候補生は、シュミレーション結果を見ればトップクラスの成績を納める何人か。その他の候補生達は、黙って成り行きを見守っている。
ここでいくらシュミレーションと実戦は違うと説明したところで、彼らは納得しないだろう。
自ら模擬戦の相手を勤めるフラガに対して、外から見ているだけのキラに付いていては、この時間が無駄になってしまうとでも思っているのだろうか。
「…模擬戦、やりたいの?」
溜息混じりに訊き返すと、候補生達は当然、とばかりに頷く。
「実際に動かして、初めて訓練の意味があるのではないですか?」
習うより慣れろ、とはフラガの言葉だった。そこまで言うのであれば仕方がない、とキラは溜息を付いて、練習中のフラガを無線で呼び出して、模擬戦の許可をとる。この時間の責任者はフラガだ。事の次第を告げながら、出来れば代わって欲しいとキラは心底思っていた。
「…なんだって?」
模擬戦の最中に呼び出されたかと思えば、キラが練習機に乗る羽目になっていると言う。
冗談じゃない、とフラガは呟いた。
「…お前、平気なのか?」
平気そうに見えますかね、と言ってキラはモニタの向こうで苦笑した。
「仕方ないですよ。僕だって、舐められたままじゃこの先辛いですし。」
一度乗ってみて、ダメだったら交代してくださいとキラは言葉を続けて通信を切る。
「…なんか、怒ってないか、あいつ…」
忘れがちだけれど、フラガの知っているキラはキレると容赦がない。戦争中、理不尽な対応にキレて司令官を投げ飛ばした事もある。生意気な候補生達が、なにか失言でもしたのだろうか。
練習場のゲートが空いて、練習機が姿を現した。キラが操る機体は、フラガが現在乗っている物と同じ教官専用機だ。それを見て、今まで相手をしていた機体に合図を送って練習場を出る。
戦争が終ってから、キラは殆どモビルスーツに触っていない。いくらコーディネイターとはいえ、ブランクがある上に初めて触る機体で、どれくらいの動きが出来るのか。
練習機をベッドに固定して、フラガはコントロールルームに走った。
「…無茶するなよ、キラ。」
いくらなんでも壊したりはしないだろうが、それでもキラの実力を身に染みて知っているフラガは不安が消えない。始末書ではなく、キラの精神状態の心配だった。
「…あの、ヤマト教官大丈夫なんでしょうか…?」
コントロールルームの前で、残された候補生の一人が遠慮がちに口を開く。それに手招きをして、全員が見えるように強化ガラスの前に集まるように告げた。
「…ま、心配ないさ。はっきり言って、あいつには俺も勝てないから。」
その言葉に候補生達が目を丸くする中、軽い口調でそう言ってスタートのランプをグリーンに変える。
この機体を間近で見るのは、終戦以来だった。まさか自分が乗る事になるとは思っていなかっただけに、その皮肉さ加減に苦笑が零れる。
比較的簡略化されたパイロットシートに背中を預けると、途端に甦ってくる様々な記憶の欠片。それを追い払うように軽く頭を振って、深く呼吸を繰り返す。記憶ではなく、感覚だけを甦らせて。
「…大丈夫、だよね。」
ここは、戦場ではなく。
ゆっくりと瞬きをして呟くと、気持ちが切り替わる。
「…何処からでも、どうぞ?」
唇の端に笑みさえ浮かべて、キラは言い放つ。
それを合図に、一瞬で勝負にケリがつく。
最初の二機は、自分で相手をした。その後は、最初の戦闘中に勝手に組ませて貰ったプログラムで、コンピューターに任せた。このオペレーションシステムでは、反応が鈍すぎて物足りない。そう思う事自体、あまりにも状況に慣れている自分がおかしかった。
これは実戦ではなく、だれも命を懸けているわけではないのだから。
いい腕のパイロットだな、と思う。訓練を積めば、相当のものだ。けれど、それはあくまでも練習での話で、実戦を知らないパイロットは本当の意味で強くはなれない。
戦争を肯定するわけではなく、なんの為に彼らがこの道を選んだのか、と言う事が大事で。
「…その辺にしとけよ、キラ。」
苦笑混じりに通信が入る。それに軽く溜息を付いて、そうですね、とキラは返事をした。
「…納得してもらえたんですかねぇ?」
一対多数でも敵わなかった模擬戦。状況を見て、これ以上は無駄だと判断したフラガが終了の合図を出した。
格納庫に戻って機体を固定する。弄ったオペレーションシステムを元に戻しておく事も忘れない。
コックピットを出ると、楽しそうに笑いながらフラガがお疲れさん、と言った。
「ほら見ろ。お前、全然本気でやってなかったろ。」
そう言って示された先には、床にへたり込んでいる候補生達の姿。それに対して、ヘルメットを取ったキラは平然としていて、汗ひとつかいてはいない。
「…ま、最初だけだな、お前が相手したのは。あとは結構パターンが決まってたぞ。」
ズルは無しにしてやれよ、と言ったフラガの言葉に驚く。
「…気付いてました?」
相変わらず、こういう事に関しては鋭い。キラは曖昧な笑みを浮かべた。
「…おやおや。」
ブランクなど感じさせない、その動き。コントロールルームで、まるで子供でも相手にしているような、一方的な模擬戦の様子を見ながらフラガは呟く。後ろに並ぶ候補生達は、ぽかんと口を開けてそれを見ている。
的確に、相手の動きを止めて行く機体に対して、シュミレーション通りの対応しか出来ない機体。少し動きを見ただけで、一瞬で隙を見つけ、ロックしていく。練習用の機体は、当然だったが実弾を装備していない。コンピュータが、相手の照準にロックされるか、強い衝撃を受けて行動不能に陥った状態を認識すると、自動的に動きを止める。実戦では、撃墜される事と同じ。
途中から、キラが全く自分で操縦していないと言うことは、フラガにはすぐ解った。キラの事だ、どうせまた勝手にシステムを弄っているのだろうと思うと苦笑が零れる。それが出来るからこそ、キラは生き延びる事が出来たのだから。
「これ以上は、無駄でしょ。」
無言で模擬戦を見詰める候補生達には悪いけれど、実際練習に参加している候補生達はそろそろ音を上げるだろう。
終了のランプを点灯させて、候補生たちに機体を格納庫に戻してチェックするように指示すると、フラガは自分も格納庫に降りて行く。
作品名:君のいる、世界は04 作家名:綾沙かへる