君のいる、世界は06
プライドが高そうだな、と言う印象を受けた。キラがコーディネイターであるということは、現在のところ伏せられているし、進んで打ち明ける気も今の所ない。けれど、相手がコーディネイターだからと言って仕方ないと諦める訳でもなく、何がなんでも見返してやろうという方向にベクトルが向かうタイプ。
苦手だ。
とにかくそんな印象。それでも、校長からの通達が来ている以上は、避けては通れない。
どうしよう、とまた溜息を吐いた時、件の副官がスケジュール片手に姿を見せた。
戦時中の、現地調達要員。士官学校を出た訳でもなく、現場からの叩き上げ。けれど、ただ戦争中にパイロットだったからと言って現在の地位にいるわけでもなく。しかも、戦争が終ってからかなりのブランクがある状態での復帰。にもかかわらず、この階級。
冗談じゃない、と苛立ちを隠そうともせずに廊下を歩いて行く。
フラガから連絡を受けた時にはとても嬉しかった筈なのに、自分が従うべき上官と顔を合わせた途端に拍子抜けした。あの人の戦友なのだから、どんなすごい人なのだろうと思い描いていた人物像とはかけ離れた、何処か儚げな印象すら見せる青年。むしろ、まだ少年、と言ってもいいかも知れない。初対面ではまず嫌う人間はいないだろうと思えるほどの、整った容姿に印象的な濃紫の瞳。下手をすれば、そこら辺の女の子よりも可愛いかも知れない。そんな印象を受けた、自分の上司に当たるべき人は、顔を合わせるなり困ったように形のいい眉を寄せた。
どんなに気に入らなくとも、命令であれば従うしかない。こんな見掛けでも、この人は自分より階級も上で、経験も違うのだ、と無理矢理納得させてみる。みたのだけれど。
「…で?」
邪魔になると分かってはいても、この件に関してはフラガに直談判するしかない。校長ではのらりくらりとはぐらかされてしまうし、本人に気に入らないなんて言おうものなら不敬罪で降格だ。
「…どうしても、配属を替えては頂けないのでしょうか?」
ここ数日、何度も繰り返されるやり取り。返って来る答えも同じ、がんばれ、だけ。
どんなに自分が歩み寄ろうとしても、向こうはあからさまに避けているのだから話をするタイミングもない。事務的な会話ばかりでは、人となりなんて理解出来る筈もなく。
フラガの下につく、ということは出世街道に乗った、と言うこと。それでも、職場で大事なのは多分人間関係で。そんなに短気な訳でもないけれど、勤務に就いて二週間が経とうというのにマトモに視線を合わせる事すらなければさすがにどんなに温厚な人間でも文句の一つは出る。
今日こそは、と今週のスケジュール予定を握り締めて、キラの前に立った。
「…今週の予定ですが。」
恐る恐る、といった感じで顔を上げたキラを視界の端で確認し、口を開く。
「来週の入学式の準備と、担当講義の選択、それから新入生とは別にあなたの下に付く部下及び上官との面会、それと、講義が始まる前に担当の学生のファイルもチェックして頂きます。」
言葉を進めるにつれ、キラの顔はどんどん渋い物になって行く。それでも手許のモニタに手早く予定を入力して、言葉が途切れると深い溜息を吐いた。
「…あなたは?」
画面から視線を外したキラは、不意にそう言った。
「…特に任務がなければ、補佐にまわりますが。」
その答えに、そうと呟いてからまたしても唐突に渋面を消した瞳で珍しいね、と呟いた。
「…その、瞳の色。」
とっさに、視線を外した。それは、触れて欲しくないことの一つで。
戦争をしていた、という事実。
ナチュラルと、コーディネイターが、争っていたと言う事実。
母の背中。
父の手のひら。
一瞬で過ぎる記憶をやり過ごすように、ゆっくりと瞬きをひとつして。
上官だからと言って、プライベートのすべてを報告する必要はない。それでも、このまま黙っているのは悔しいし、今までもそれについて問われれば潔く答えて来た。それを言葉にしたことによって、反応が変わってしまっても現在の状態のまま位置が変わるまで、変わってしまえばそこまでで忘れてしまう人間が殆どだったから、一つ溜息を吐いて外した視線を濃紫の瞳に合わせた。
「…半分、ですから。」
大きな瞳が、更に大きく見開かれた。
半分。人種の入り混じったこの世界で、そう呼ばれる人間は少ない。嘲りが多分に含まれたその言葉が持つ意味は、言葉通りハーフだと言うこと。ただし、ナチュラルとコーディネイターの、と言う意味の。
「…そう、ですか…」
たっぷり間を置いて、キラは目を伏せる。それが、やっぱり悔しかったし気に入らなかった。そう言う行動に出たということは、意味を良く知っていると言う事で。
「…気に入らなければ、転属希望を出して頂いても構いませんよ。」
それだけ告げて、一礼して自分の執務室に戻る。
悔しい、と思ってしまったのは何かを期待していたからだと気付いたのは、それからしばらく時間が流れてからの事。
相変わらず、擦れ違いは続く。
次第に口数も少なくなり、勤務時間が終れば逃げるように宿舎に戻る。キラの副官に付いてからは、カイも同じ宿舎の士官用の個室に移って来ているから、部屋を出れば顔を合わせてしまう事もあるし、何よりもフラガがカイを気に入っているようで事あるごとに一緒になる。それがイヤで、最近はフラガとも距離が開いてしまった。
何よりも、キラがフラガの執務室を訪ねると必ずと言っていいほど彼がそこに先にいる、と言う事が気に入らないし、キラの知らないフラガを知っている、と言うところも気に入らない。
つまりはただのヤキモチで、それを知られたくないから週末にフラガのマンションを訪ねる気にもならなくなった。
「…いいけどね、別に。」
自室のマシンを前に、誰にともなく呟く。元より一人きりだから、返事が返って来る事もない。
半分だと言ったカイは、何処か辛そうに見えた。聞いてはいけないことだったのだろうか、とあの日以来何度も繰り返している。
そう言われていい気はしないし、何よりも世界がそれを許してはくれなかったのだろうと思う。存在してはならないと言われた、自分のように。
不意に、来客を告げる電子音が鳴り響く。モニタに表示された時間は午後十時を過ぎたところ。こんな時間にキラを訪ねる人と言えば、一人しかいない。
「…今日はまた、どうしたんです?」
言いながら扉を開けると、随分不機嫌そうな顔のフラガが立っていた。
漂う臭気に、眉を寄せる。強い、アルコールの匂い。
「少佐、お酒臭いですよ…。」
その言葉に、フラガは悪かったな、とだけ返した。そうして、キラを押し退けるように部屋に入って、ベッドに背中を預けるように座り込んだ。
なんとなく、不機嫌な理由が分かる気がした。恐らく、自分と似たか寄ったかなのだろう。そう思うと、少し嬉しい。
申し訳ない程度に備え付けられたキッチンスペースから氷とミネラルウォーターを取り出して、ぼんやりと天井を見上げるフラガの目の前に差し出した。
「良くないですよ、飲み過ぎ。…分からない訳じゃ、ないですけど。」
作品名:君のいる、世界は06 作家名:綾沙かへる