カケラ、集める日々。
たとえそれが子供っぽい、と言われようとも。
「君の言うそれはカガリの安全のためなの?それともただ嫉妬してるだけなの?」
柔らかくても、誤魔化しを許さない口調で訊ねると、何かを言いかけたアスランはそのまま視線を逸らして口を噤む。
「…そんな態度だから」
言いかけると勢いよく扉が開き、子供たちと一緒にカガリが顔を出した。
「悪い、待たせて。あ、アスランの分もアップルパイお土産に貰ったからな」
小ぶりの籠を持って出てきたカガリは一瞬流れた奇妙な沈黙に瞳を瞬かせ、何かあったのか、と首を傾げた。
「…あら、アスラン大変ですわ。アスハさんのお家の門が閉まってしまいますわよ」
ラクスの言葉にそうだな、と小さく呟いて顔を上げたアスランは完璧なまでにポーカーフェイスだった。
「帰ろう、カガリ。マーナさんが待ってる」
横から籠を取り上げて促すと、カガリも頷いてまたな、と手を振った。
「…約束、ちゃんと考えとくね」
木製の階段を降り掛けた背中にそう言うと、カガリは振り返って嬉しそうに頷き、その先でアスランがまた難しい顔をした。
「…キラは本当に人が悪いですわ」
遠くなっていく車を見送りながら、ラクスは笑って呟いた。
「そう、かな」
最後の約束の件は確かにわざとだ。
「そうでも言わないとアスランって素直にならないと思わない?」
そう言って笑みを返すと、夜風に流れた長い髪を片手で纏めたラクスはそうですわね、と頷いた。
「アスランは真面目で誠実な方ですけど…鈍いですから」
それもあるけれど、やっぱり自分が彼女を独り占めしたいという気持ちも確かにあるのだ。
「…でも、悔しいし。僕も、嫉妬してるんだよ」
多分ね、と笑った。
「それで、どうしてそういう結論になるんだ?」
約束って何だ、と聞かれたから「キラと旅行に行く約束」と素直に答えた。今すぐには無理だから予定を調整して、と先手を打ったつもりが溜息と共に「ダメだ」と切り捨てられた。
「とにかく、もう少し立場を考えて行動しろ。もう子供じゃないんだから」
時々、酷く素っ気無いときがあるのは分かっていた。それが正しくて、自分が子供じみたわがままを言っているときは素直に聞いた。彼は真剣に、自分の身を案じてそう言ってくれているのだと知っているからだ。
けれど今度は話が違う。今まで護衛抜きで出掛けるときも、キラが一緒だから大丈夫だと、そう言ってくれたのに。
「…なんで、急にそんなこと言うんだよ」
知らず俯いて呟く。悲しいのか悔しいのかも解らない。
「…俺が、嫌だからだって言ったら、聞いてくれるのか?」
背中を向けたまま、アスランは小さくそう言った。なんだよそれ、と訊き返すと、「とにかく」と話を切るように終わらせる。
「遠出はダメだ。外出には出来れば護衛をつけてくれ」
いいな、と一方的に言い聞かせて遠ざかる背中に、ふつり、と小さく火が点いた。
「……なんだよそれ」
覚えたのは怒り、と言うのが一番近い、かも知れない。
それ以上何も言わず、廊下の向こうへと消えていく背中に向けた呟きには、確かに怒りが篭っていた。苛々した気持ちのまま自分の部屋へと戻り、月明かりだけの薄暗い部屋でベッドに転がった。
一体いつからこうなったんだろう、とぼんやりと考える。
戦争をしていた頃の方が、気持ちが近かったような気がした。平和になった世界で掴めると思ったものが遠くなっていくような感覚。
大切な人は沢山いて、誰が一番か選べと言われても選べないし、大切の度合いが違ってもそれを巧く伝えることは出来ない。子供じゃないんだから、と言われてもそこまで大人でもないんだから仕方がない。
「…解らないよ、アスラン」
コーディネイターは十五歳で成人なのだと聞いた。この国では成人したと認められるのは二十歳だ。オーブの法に照らし合わせればカガリもアスランもまだ子供扱いだ。けれど子供扱いされるのは癪だった。何より、アスランだってまだ「子供」でいいはずなのに。
「…決めた」
郷に入りては郷に従ってもらおう、と妙な決心をする。顔を覆っていた両手を真っ直ぐに天井に向かって伸ばして、勢いをつけて起き上がった。
デスクスタンドだけを点けてクローゼットを開け、バッグに荷物を手早く詰め込む。ゲリラに居候していたこともあるくらいで、慣れたものだ。
着ていたノースリーブのシャツとカプリパンツを脱いでTシャツとジーンズに着替え、動きやすいようスニーカーに履き替える。デスクの上に乳母への書置きを残して準備完了。
「抜け出すのは得意なんだよ」
テラスまで枝を伸ばした大木を伝って庭に下りると塀を越え、携帯電話のボタンを押した。
いつもなら何も言わなくても起きてくるはずの彼が、今日は随分遅い。また明け方まで仕事をしていたのだろうか、と思いながら階段を上がり、扉をノックする。
「…おはようございます、キラ。…キラ?」
扉の向こうで、機械の鳥が繰り返し鳴いている。にもかかわらず、他の物音がしない、と言うことが妙だ。軽く首を傾げて、ドアを開けた。
「…あらあら」
部屋の中は無人だった。いるはずの主の姿がなく、緑色の鳥が天井近くを旋回している。
「ご主人様はどちらに行かれたんでしょうね」
ベッドには綺麗にシーツが掛かっていて、使われた形跡すらない。キラが愛用しているノート型の小型マシンが見当たらず、デスクにはメモ用紙が一枚。
それに目を走らせたラクスは、困った方たちですわね、と呟いて苦笑を零した。
身分証を偽造するくらい、造作もない。
夜中に連絡を貰ってすぐに準備をして、朝一番の飛行機でオーブを出た。簡単な旅行に見える荷物と、幾許かの現金、クレジットカード、それにノートパソコンと携帯電話。それだけ持っていれば後はどうにでもなる。
「…これって家出って言うのかなあ」
知らない国の空港を出てすぐ、朝から開いているカフェの窓際にふたり並んでサンドイッチを齧る。零れた言葉にカガリは「旅行だろ」と返した。
「もともと約束してたんだし、マーナはちゃんとわかってくれる。大丈夫さ」
付け合せのフライドポテトを摘まんでだといいけど、と苦笑を返すと、お前こそどうなんだと逆に訊き返された。
「ラクスに、やっぱり書置きして。…うん、多分大丈夫。彼女は聡いから、すぐ理解してくれると思う」
そうは思っても、それはそうであって欲しいという都合のいい願望だ。もしかしたら大騒ぎになっている確率もゼロではないし、はっきりと言葉に出して伝えたわけじゃないから誤解されているかもしれない。
「…まあ出るのも入るのも、バレたら拙いからな」
帰るまで絶対秘密だ、と声を潜めて言うわりに、どこか楽しそうだ。
「そうだよね」
二人だけの秘密、という言葉の響きが、なんだか嬉しかった。
「…居ない?」
いつものようにダイニングルームで朝食を摂っていると、カガリを呼びに行ったはずの乳母が微妙な笑みを張り付かせてそう言った。
「姫様、あの調子では一週間はお戻りにならないでしょうね。ご同行の方がいらっしゃいますので、特に心配はしておりませんが…」
作品名:カケラ、集める日々。 作家名:綾沙かへる