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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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カケラ、集める日々。

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 相手の方にご迷惑をお掛けしていないかどうか心配で、何しろ家の姫様と来たらお転婆ですから云々。
 朝早くに出掛けた、と言うけれど、そんな連絡は貰っていないし予定にもない。昨日のやり取りで顔を合わせずらかった所為もあって、必ずしていたはずのスケジュール確認を昨日に限ってしておかなかった所為だろうか。それでも変更があれば護衛として同行する自分にも連絡が来るはずだ。まして、一週間ともなれば尚更。
「…どこへ行ったんです?」
 大方の予想をつけながら訊ねると、存じません、と素っ気無い返事が返ってきた。
「この機会に、あなたにもお休みを取っていただくように言い付かっておりますよ」
 何か隠している、と思ったのは前職の癖だろうか。気のいいこの女性は、カガリの乳母として幼い頃から常に傍につき従ってきた、数少ない理解者の一人だ。それこそ母親代わりになってきた彼女なら、カガリが何も言わずとも行き先も、同行者も、全て見当がついているのだろう。
「…そうですか」
 静かに椅子を引いて立ち上がる。
「ではお言葉に甘えて」
 カガリがいなければ特にすることはない。言い切れるのはアスランがカガリ個人が雇った護衛、と言う形を取っているからだ。
 休暇を、と言う言葉にとりあえず頷いて、ダイニングを辞したその足で孤児院に向かった。乳母である彼女が信用する同行者と言えばお目付け役のキサカ一佐かキラくらいだ。そう簡単に職務を放り出すわけに行かない軍人より、引きこもりの振りをするフリーターの方がはるかに動きやすいことぐらい解る。
 車を手前の駐車スペースに置いて林の中を抜ける小路を歩いていくと、デッキのテーブルで見慣れた後ろ姿を見つけて声を掛けた。
「…おはようございます、ラクス」
 振り返った彼女はふわりと笑みを浮かべて「いらっしゃると思ってましたわ」と言った。
「お茶の支度が出来ていますのよ。…どうぞ」
 彼女も知っているのか、と思った途端、言いようのないイラつきがふつふつと湧き上がる。
「…ここに、いるんですか?」
 流れるような動作でポットから琥珀色の液体を注ぎ、薄くスライスしたオレンジをカップに浮かべる。
「オレンジはお嫌いでしたかしら」
 立ち止まったまま言葉を続けると、まったく関係ないことを苦笑と共に返してくる。もともと脈絡のない会話は彼女が自分よりもはるかに広い視野でものを言っていることの証。そうして、同じ場所に辿り着くまでその先へと進めることがない、と言うこともよく知っている。
「…いえ、頂きます」
 勝てる気がしない、と思った。諦めたように軽く溜息を吐いて、木製の椅子に腰を下ろす。
 昇りきらない太陽の光は、それでも南国らしく力強い。生い茂った林の木々が適度に影を落とすデッキは、さながら洒落た隠れ家風のカフェのようだ。
 勧められるまま紅茶に口をつけると、ラクスはふふ、とまた小さく笑った。
「ここに皺が寄ったままでは、せっかくのお茶が半分も楽しめませんわよ」
 眉間を指してそう続ける。
本題に入らないこと、彼女が事情を知っていること、キラとカガリが二人で出掛けたこと、もはや何にイラついているのか解らない。
「…ラクス、答えを聞いていませんが」
 普段より低くトーンが下がった声に、目の前で優雅に紅茶を味わう少女は「ここにはいません」とさらりと言い放った。
「私も、どちらに行かれたかは存じません。キラは、あなたとゲームをしようと」
 一瞬、目が点になった、様な気がした。
「…ゲーム、ですか?」
 そうです、と事も無げに答えが返ってくる。
「昨日…キラに聞かれませんでしたか?」
 キラに聞かれたこと。ひとつだけ思い当たって、ますます混乱する。混乱とイラつきが正常な思考を妨害し、更にイラつく。何がどう、繋がっていると言うのか。
「あなたが答えられるのが先か、キラがカガリさんを口説き落とすのが先か、と言うゲームですわ」
 さり気無くものすごい爆弾発言だ。
「…血の繋がった姉弟のはずですが」
 思わず額を押さえて、唸るように呟いた。
 本人たちが納得しているのなら構いませんわ、と彼女は言う。そもそもどう見てもラクスとキラは仲睦まじい恋人のように見えるのに、違うのだろうか。自分たちだってそのつもりで。
「…お気付きになりました?」
 そこまで考えて動作を止めると、ラクスは微笑を湛えたままそう言った。
「言葉にしなくても理解してもらえる、なんて嘘です。本当に伝えたいお気持ちならば、僅かでも言葉にしなくては」
 掴めるものも取り溢してしまいます、と続けて言葉を切る。
 あの時掴めたと思ったのは自分だけなのかもしれない。誰かが大切で、でもそれが「どういう」大切さなのか判断がつかなくても、現時点で一番、だと言うことに変わりはない。
「あの、ラクス」
 がたん、と木製の椅子が音を立てた。立ち上がった自分を見上げたラクスは僅かに首を傾げ、そうして綺麗に笑みを浮かべる。
「ヒントは、ここではないどこか、ですわ」


 携帯電話が微かな振動を伝える。着信を告げる名前に苦笑を浮かべ、通話ボタンを押した。
「そろそろだと思った」
 電話の向こうでそうですか、と軽やかに笑う声がした。
「それで、やっぱり予想通り?」
 ええ、とラクスは笑う。
「でも、気付いたようですわ」
 その答えに、負けられないね、と笑う。
 自分でも、気付いたのはあの夜アスランに向かって問いかけた言葉だ。そのとき、親友も勘違いしているのだと気付いた。広い意味では合っているのだけれど、自分もまだその気持ちの境界は曖昧だ。自分だけでなくアスランも、カガリも。
「…少し、面白くなる、かな」
 そのとき、誰が何を選び取るのか。
「アスランは手強い、と思いますわ」
 相変わらず楽しそうな響きでラクスは言う。
「そうこなくちゃ」
 伝えてくれて有難う、と感謝の言葉で通話を締めくくると、それまで少し離れた防波堤の上にいたカガリが「終わったのか」と言って苦笑を浮かべた。
「電話、ラクスからだろ?」
 うん、と頷いて防波堤に上がり、並んで腰を下ろした。
 暮れてゆく夕陽は、どこで見ても変わらない。オーブよりも幾分穏やかな気候のこの国で見る夕陽は、それでも海の色や空の色でほんの少し違った風景になる。いつもより濃い潮風に吹かれて、オレンジ色の海の上を遠く通過していく船の影をぼんやりと見詰める。
「…なんか、不思議だよな」
 ここでこうしてるってことが、とカガリは笑った。
「ちょっと前まで、想像もつかなかったよね」
 自分だって、こんなに大胆なことが出来るとは思わなかった。
 それでも大切な誰かの力になりたくて。
 もしかしたら、誰の手も届かないところで。
「…カガリはさ、アスランのこと好き?」
 穏やかに流れる沈黙を破って訊ねると、僅かに考え込んだように目を伏せて、それから多分、と言う心もとない返事が返ってきた。
「僕はカガリのこと好きだよ」
 自分でも驚くほど簡単に言葉が出て来る。目を丸くしたカガリは、私だって好きだぞ、となぜかむきになって言い返した、ように聞こえた。
「うん、知ってる。でもアスランも好き…違う?」
 その言葉に、迷うように視線が揺れた。
「私は…」