6月の大気
僕の思いだけが遠い。
僕だけが遠い……。
君に届かない。
ふたりの中で湧き上がり溢れた思いは、君の中のどこへ消えてしまったんだろう?
互いに甘えて、ふざけあって、抱き合い、じゃれるように過ごした時間はみんな過去になってしまった。
終わってしまったんだ。
あのズルくて、卑怯な言い訳をして、逃げてばかりいた、子どもっぽい君は、どこにもいない。
僕の知っている君がどこにもいない。
今泣いているのは君じゃない。
僕だけだ。
責めているのは僕で、謝っているのは君だった。
センチメンタルな涙を流しているは僕だけだ。
君の属した世界は苛酷で、逃げ場も選択ですら許さなかった周りの環境が、君を成長させてしまった。
だから君は自分から、別れの言葉を僕に言うんだ。
そんな思慮深い落ち着いた瞳で。
「いつか幸せになろう」とか「いつかいっしょに暮らそう」とか、夢見がちな「いつか」という言葉の甘い未来など君は想像しない。
そんな中途半端な気持ちで、この暗い混沌とした世界を生き抜いていくことなど出来ないことを君は十分に理解していた。
僕と君との未来には一本の線も、つながりもない。
その肩を抱きしめ直すと再び問いかける。
「ここで過ごした日々は楽しかった?」
ブルーグレーの瞳が思い返すように、遠くを見るように少しさ迷った。
「……勉強は実技も試験も多くて大変で、クィディッチじゃあグリフィンドールには勝てなくて、監督生って名前ばかりの雑用係を押し付けられるし、魔法薬学の勉強を頑張れば、えこひいきだと陰口叩かれたりしたけど……。それでも、箒に乗るコツを覚えたし、結構友達も出来たし、成績がよくて先生たちにも褒められたし、クィディッチの選手にもなれたし、何より君と出会えた。……ここは好きだったよ」
その言葉に満足げなため息をついた。
「よかった……。僕もここがとても好きだったんだ」
僕は泣き顔を苦労して笑顔に変える。
唇の端が少し引きつったように震えたけれど、まぁまぁ上出来の笑顔だったと思う。
君もぎこちない笑みを浮かべて、同じように笑いかけてきた。
僕たちのあいだには絶望的な距離がある。
それが身にしみて痛いくらいだ。
それでも互いを思いやって、笑顔を作る。
最後の最後まで、いい思い出として締めくくりたいからだ。
雨の中でずぶ濡れになりながら、お互いに笑顔で別れ話をするなんて、やっぱり映画みたいだなと、僕は思う。
僕は君が好きだ。
それはずっと変わらないと思う。
ただし、この世界はもうすぐ閉じられてしまう。
でも終わりじゃない。
もう僕たちがこれから二度と会えないってことはない。
次の新しい場面で僕たちはまた新しく出会うんだ。
何度でも──
そういう運命を引き寄せてやるさ。
今、僕はそう決めたんだ。
ただひとつの場面が終わるだけだ。
それだけなんだ。
「悲しくなんかない」と思いながら、僕は雨の中で笑みを浮かべる。
ふたりは最初の出会いからずいぶん遠くに来てしまったけれど、こんな別れは悪くなかった。
悲しみに胸がつぶれそうだけど、―――悪くはない。
顔や手に雨粒が当たって、空気はひんやりと冷たくて、その中でこうして僕たちはずっと抱きしめあっていた。
―――すべてが灰色で、空は白くて雨に霞む無色の世界の中で、ただアジサイだけがポツリと薄紫に花開き、そこに佇んでいた。