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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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 臨戦態勢になりつつある奥州において、武士たちの鍛錬もこれまで以上に厳しくなったようだ。度々、彼らとともに修練してきた望美は、京から戻って初めて、武士たちに混じってみた。
 結婚したばかりの頃こそ、参加したいと願い出たところ、彼らの鍛錬を指導する武将に、大層戸惑われた覚えがある。けれど、今では当たり前のように入れてもらえるようになった。また、あの頃は一対一で模擬戦闘をしたところ、相手が手加減をしていることも多かったが、今では望美の強さも知れ渡り――そもそも鎌倉との合戦でも戦っていた望美なのだが――、誰も望美を甘やかすことはなくなった。しかしながら、望美が陸奥守の正妻であることは、誰もが知っていることであり、怪我などさせては堪らぬと、なかなか一対一での試合など、受け入れてくれる人間は少ないのだった。銀ですら、奥方様と戦うなど擬似であってもできるはずもありません、と断る始末だ。
 しかし、唯一そういったことを気にせず、ともに鍛錬し、試合までさせてくれるのは、泰衡の異母兄である国衡だ。今も、国衡と木刀で打ち合っているところだった。周りにも、武士たちが互いに打ち合いながら鍛錬している。
「なるほど、舞ですか!」
 国衡が一発打ち入れながら、そう返してきた。
「そうなんです! 舞が上手くなったのって、これのお陰かも! ――っと」
 互いに打ち合いながらの会話だ。うっかり攻撃を受けそうになり、脇へと避ける。今度は望美が端から一発打ち込もうとするのを、国衡がかわした。
 すると、国衡は笑うような声で言う。
「確かに神子殿の動きは、舞に近いですからな。剣技を磨くうちに舞にも影響があったというのも道理」
「そうっ、ですかね!」
 話しながらもう一回打ち込むのだが、これもまたあっさりとかわされる。国衡が持つ木刀は望美のものより大振りで重そうだ。それに体つきもがっしりとしていて、それほど俊敏に動けるように見えないのだが、これが意外と素早い。だが、しなやかに、まさに国衡の言うとおり舞うような動きで、望美も通常の型とは違う動きをするからか、相手の予想を裏切ることで、攻撃を避け、こちらも攻める。
 だが、国衡の方が早かった。ぶん、と空気の唸る音とともに、望美は眼前に木刀の切っ先が迫ってきたのを見て、飛び跳ねるように背後に避けた。しかし、着地すると同時に、さらなる攻撃が迫った。
「――これまで」
 落ち着いた国衡の言葉とともに、喉元に迫るようだった木刀がぴたりと止まった。一つ、息をついた。
「参りました」
 頭を下げて、自分の木刀を脇に抱えた。
「やっぱり国衡さん、強いですね。三年間ずっと一本も取れない」
「いやいや、神子殿も女人にしておくには勿体ないほど、強くていらっしゃる」
 国衡は負けて苦い顔を見せる望美に、こう言って笑った。
「我々も、少し休みますかな」
 気がつけば周りの武士たちも、それぞれ休憩をしている様子が見られる。そうですね、と頷き、木陰の下へ入る。風が吹いていて、心地好い。陽射しは夏へ近づきつつあるからか、以前よりは熱を幾分か増す時期だ。
「泰衡殿は今朝早くから、平泉をお出になったとか?」
 幹に寄りかかり、息をついたところで、国衡に訊ねられる。はい、と頷いた。
「多賀城を見に行くそうです。今日中に戻ってくるかどうかも怪しいんですけど」
 溜息混じりに話すと、なるほど、と国衡は声を立てて笑った。望美よりもずっと長く泰衡を見てきた人だ、その行動理念を想像するに、彼女の言葉に納得もするのだろう。
「もしかすると、そのまま阿津賀志山まで視察に行ってしまいそうな気もするんですよね」
 多賀城の様子を見に行くだけだと言って、今朝、平素よりもずっと早く起き出して、せっかく同じように早起きをして少しは出かける前に話をしようと――こんなときだからこそ敢えて夫婦の時間を持とうと――していたのに、そんな彼女の意に反し、適当に朝餉を済ませて出て行ってしまった。だが、それ以前から阿津賀志山の防塁については、かなり気にしていたから、そちらに足を伸ばしてしまう可能性は皆無ではない。そうなれば、数日は戻らないだろう。
「なに、あの辺りは佐藤殿の在る地だ。防塁の築上には目を光らせているゆえ、心配はない。泰衡殿も分かっているはずですから、わざわざ出向いたりはせんでしょう」
「そうだといいんですけど」
 国衡の言う「佐藤」とは、佐藤基治のことだ。以前から篤い忠誠を捧げてくれている人だというのは知っているし、その二人の息子たちもまた、泰衡の傍近くに控えている郎党だ。代々、奥州藤原氏に仕えてきている。泰衡からの信頼も非常に厚い。そういう人がいる場所に、彼らに命じて防塁を造らせているのだから、その出来は確かなものだろうが、それにしても泰衡自身も己の目で確かめたいという欲求を抱きそうではないか。望美は自身が、自分の目で見たものこそを信じる質の人間だと分かっているから、余計に泰衡もそういった行動に出ないとも限らないと考えてしまう。
「それに、佐藤殿とともに忠衡殿も築上に携わっているところですからな」
 忠衡もまた、泰衡の異母弟だ。先の戦の折には、まだ元服もしておらず、彼の居所も伽羅御所ではなかったため、顔を合わせたのは泰衡との婚姻が決まった後のことだ。泰衡より十も年下の彼は、昨年、佐藤基治の娘を娶ったばかりで、まだ子はない。忠衡もまた、生真面目な性格の少年だが、泰衡ほど冷たいと感じさせる気質ではなく、寧ろ初めて会ったときから、存外親しく話しかけてくれたもので、望美にとっては快い人柄という印象だ。この点を考えると、初対面の折の泰衡と言ったら、愛想の有無どころの話ではないほど冷たく素っ気なかった。よくもそんな人に惚れたものだと、自分でも不思議に思うほどだ。
 そのように弟がよく見ている地に、泰衡は自ら赴いたりしないだろう、と国衡は話しているわけだ。
「せめて夜更け前には帰ってくるといいんですけどね」
 このところ朝早くから夜遅くまで、彼は忙しなく働いているようだ。こうして時折、外に出て剣術の鍛錬に励む程度の妻としては、過労で倒れてしまうのではないかと心配するばかりだ。しかし、少しは休んで欲しいと切に訴えてみても、彼が人の言うことを聞くなど、あり得ない。すべきこと、目標が定まってしまえば、それしか見えないかのように、身を粉にして働いてしまう。だから余計に心配が募るのだが、泰衡にどう話したところで理解されない。いや、理解しても、それを受け入れることはできないのだ。
「せめて、国衡さんは休めるうちに休んでくださいね。みんなが倒れたら、どうしようもないんだし」
「はは、それは肝に銘じておきましょう」
 望美が誰と比較しているのかは、考えずとも明白だ。国衡は苦笑じみて笑うと、さて、と立ち上がった。
「私はそろそろ他の武士の方を見て参りますゆえ」
「あ、すいません。付き合ってもらって、ありがとうございました」
「いやいや、お気になさらず」
 国衡はそのまま、他の武士らが鍛錬する方へ去って行く。その背中を見送りながら、そっと空を見上げた。よく晴れている。
(戦か……)