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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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 銀が心配そうに彼女を呼ぶ。耳に入っても、気にしている場合ではなかった。
 さっと刀を一閃する、門衛の突き出していた腕、それを包んだ袖が、ぱっと切り裂かれた。はっと息を飲む相手の隙をつく。身を翻し、今、門衛が僅かにも離れてしまった門を目指し、駆ける。
「――あ、奥方様!」
「ごめんなさい!」
 門衛が追いかけてくるが、望美も足の速さではさほど劣ってはいない。銀は門前で彼女を待っていた。彼が望美を止めなかったのは、彼女の意図を察したからなのか。
 一歩、門の中に足を踏み入れた、そのときだった。
「何をなさっている?」
 そこに、冷たい目をした男が在った。ぎょっと目を剥いた。
 他の誰であるはずもない、泰衡だ。呆れた顔をして、駆け込んできた望美を睨んでいる。
「……泰衡さん」
 望美は夫の名を口にしたものの、それ以上動けなくなってしまった。その間に、泰衡は彼女の背後に控え、今は地面に膝をついて頭を垂れる銀に、その冷たい視線を注いだ。
「命じたはずだったが」
「申し訳ありません」
「何故、連れて来た?」
 しかし、これには銀も答えない。
「待って」
 望美は二人の間に割って入る。泰衡は、銀から再び望美へとその双眸を向けた。心底呆れ、心底から怒っていることが分かる目だ。萎縮しそうになる。けれど、ここで恐れ、退くことはできない。望美の方もまた、泰衡を睨むような目で見た。
「銀は悪くないんです。私が無理にお願いしただけ。他の人もそうです。だから、責めるなら私だけに」
「何故、出てきた?」
「それは」
「御所を出るなと申し上げたはずだ。何故、ここまでいらした?」
 冷たい口調だ。怯みそうだ、けれども、怯んだら負けだ。勝ち負けなど関係ない状況だが、ここで退いてしまうと、泰衡の真意を知ることができなくなる。
「私に隠していることがあるんじゃありませんか? 今朝から様子がおかしいもの。それに私をそこまで軍議から遠ざけようとするのも、かえって変じゃありませんか」
 声も震えそうになるが、これもどうにかやり過ごす。
 泰衡様、と銀の声が上がる。
「恐れながら、奥方様にも早々にお話になられた方が良いと存じます。ですから、私は奥方様をお止めしなかったのです」
 泰衡は、余計なことを、と吐き捨てるように口にしたが、怒り心頭し冷静さを欠いているわけではなかった。溜息を長く深く吐き出すと、望美を真正面から、睨むのではなくただ見た。
「ついて来い」
 こう命じると、泰衡はすぐさま、望美の返答すら待たずに歩き出した。門を出て行く彼を、望美は慌てて追いかける。その後には、銀も泰衡に従う他の郎党もついて来ない。気を遣われているのかもしれなかった。
 泰衡さん、と呼びかけても、数歩前を行く人は、返事もしない。振り返ることもなく、望美の足音と数度の呼びかけを聞いて、彼女がついてきていることを確かめているだけだ。ひたすら、歩いている。田園の風景の中を行く。時折、柔らかく吹いた風が、背中に垂れた彼の髪を揺らしているのと眺めるだけになった。どこへ向かっているのか、説明すらない。
 そろそろとそれは見えてきていた。とても背の高い建物だ。この辺りでは最も高いだろう。太い柱に支えられて、天高き神に近づくようにそびえている。かつての戦の折、鎌倉についた異国の神を滅ぼすためだけに建造されたものだ。そして、今はどのような神も祀られぬ、楼閣のようになっている。
 ここにも見張りの武士がいる。彼らは泰衡と望美の姿を見つけると、頭を下げた。泰衡は物も言わず視線だけを彼らに投げて、そのまま長い階を上って行く。ついて行くしかない。
 久々に上がった階上からは、広がる奥州の風景がよく見える。山の連なりと、田畑の色合い、人家が並んでいる様。大社からは、全てがよく見通せる。
 泰衡は黙ったまま、しばしそれらを眺めている。早く話を聞きたかったが、望美は彼が切り出すのを待つことにした。そうしているうちに、不思議と気持ちが落ち着いてくる。もしもこれが泰衡の策だったならば、彼の方が上手なのだと証明されているようだ。
 泰衡を見つめていると、ふと彼の視線もこちらへ移り、目が合った。
「明日、出立する」
 前置きもなく口にする。はい、と望美が頷いたのを確認し、彼は続ける。
「まっすぐに阿津賀志山へと向かう軍には、国衡殿を大将として据えた。忠衡には佐藤とともに石那坂に赴かせることになっている」
「泰衡さんは?」
「俺は多賀城だ。しばらくは戦線に赴くことはないだろう」
 泰衡は、まず全体を見渡すことから始める人だ。九郎とは違う将としての在り方だ。九郎は自らが先鋒として敵を斬りに行くのだが、泰衡は武器を自身で扱うよりも軍の動きを掌握し指示することにこそ力を注ぐ。望美も九郎に近い質で、泰衡のやり方については、以前の戦の際に、将とはこういう在りようもするものかと知った。
「それじゃあ、私は国衡さんのところに行った方がいい?」
 泰衡は多賀に留まり、国衡たちは直に鎌倉と戦う場所へ行く。離れなければならないのだろうか。もしかすると、それこそが泰衡が銀に語りながら、なかなか教えてくれなかったことなのか。
 しかし、そうではない、と泰衡は低めた声で否定した。
「それなら、私も泰衡さんと多賀城で待っていろということ?」
「いや、それも違うな」
 そう答えながら、
「待つと言うのは正しいが」
 などと付け足す。
 望美は眉を寄せる。それでは、あるいは忠衡たちとともに石那坂へ向かうべきなのか。いや、待つと言うからにはそれも違うだろう。
 嫌な予感が蘇ってきた。
「あなたは平泉に残れ」
 言葉もなかった。瞠目して、息を継げずに、泰衡のことを見つめる。それだけだ。
 四年前の合戦とは違い、今回は鎌倉を、奥州の南で迎え撃つ。そこで事が決すれば、平泉が戦火に飲まれることはないだろう。その平泉に残れと、泰衡は言う。戦いの行われない場所にいるようにと、命じられた。
 つまり、戦の終わりを、ただこの平泉で、静かに待っていろということだ。
 望美は、無意識のうちに頭を振った。茫然としたままだったが、表情は徐々に歪む。しかしこれに、泰衡も同じように否定のため、頭を左右に一度振って見せた。
「今回ばかりは、剣を手にしなくていい」
「嫌!」
 小さな子どものように、即座に応えていた。
「だって、さっき言ったじゃない! 私、泰衡さんのこと守るって、そう言ったのに!」
「鎌倉の動きが怪しいと知り、戦の気配を感じたときから、……初めから、あなたを出すつもりはなかった」
 望美が当然のように泰衡の傍で戦おうと思っていたときから、それができる女で良かったと思っていたときから、泰衡はその傍らで、望美を戦いに出さぬつもりでいたということだ。
「そんなの、聞いてない」
「言わなかっただけだ。まだ、戦が始まると決まったわけではなかったからな」
 それはただの言い訳だ。望美はまた、頭を左右に揺らし、嫌だと、叫ぶように口にした。
「絶対ついて行く! 傍にいなければ意味がないの、私にとっては!」
「聞き分けろ」
「嫌です!」
「――望美」
 低めた声が、自分の名を呼ぶ。それだけで、心臓が直に掴まれたような心地を覚える。