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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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 今は平泉に残らされているけれど、何かあれば、戦に身を投じることになるかも知れない。そうならぬとは、まだ誰にも分からないのだから。すると、途端に高衡は表情を引き締めた。
「そうですね。私も、気をつけて参ります」
 このような答えを聞くと、真面目な気質は、四人の兄弟が皆、それぞれ持っているものなのだと、やけに実感する。しかし、同じようでいてやはりそれぞれ考え方は異なるのだろう。その中でも、高衡を見ていると、泰衡が何故彼をここに残したのか、分かるような気がした。今はまだ、戦に出してはならぬような純粋さがある。
 望美は青い空を見上げ、伸びをするように腕を天へ伸ばす。
「お互い、強い心を育てながら、みんなが帰ってくるのを、待ちましょう」
 ね、と微笑みかけると、高衡もまた素直に笑みを見せ、はい、と深く二度も頷いた。
 やがて伽羅御所に辿り着くと、高衡は、私はここまでで、と門前で頭を下げて、彼の居宅へと帰って行った。少しくらい休んで行けばいいのに、と思うものの、そういう暇も与えられなかった。高衡と別れると、門衛に出迎えられ、望美は己の居室に戻る。
 部屋の真ん中に座り込んで、息をつく。ぼんやりと天井を見上げる。
 とうとう、夫は戦に赴いてしまった。その隣に並び立つこともできない。張り詰めていた感覚は、高衡と別れて初めて、ようやく解かれたような気がする。
 昨日、小指を絡ませ、交わされた約束。無事に帰ること、約束そのものが、望美の願いだ。
 ふと思い立ち、望美は部屋の隅に置いた櫃を開け、中を覗いた。もうこの櫃も滅多に開けないものになっている。ここに納めているのは、着なくなって久しい陣羽織や、異界に生きていた頃から穿いていたスカートなどだ。二度と使うこともないだろうと、ここに入れていた。もちろん、使うつもりはないのだけれど、気にかかった。櫃の端には、丁寧に布で包まれたものが置いてある。これこそ、もうここから取り出すこともないと思っていたものだ。
 手に取り、そっと布を開く。白く、あえかに光るように見えるもの。望美の運命の全てだったものであり、京に上ったとき、景時に欲されたものだ。――白龍の逆鱗。
 指先で撫ぜてみると、少し冷たい感触がする。



     ***



 源氏の軍勢は、七月十八日、鎌倉を出立した。これは確かなことだと、間諜からの報告があったそうだ。この報が、多賀城に在る泰衡の元から、平泉にもたらされたのは、同月二十一日のことだった。奥州の軍勢は、それぞれ戦に相応しい場所にて心身の準備を整えているが、まだ戦は始まっていないため、ほぼ毎日、あちらからの使者が戻ってきている状態だ。いつ、それが途切れてしまうかと思うと、恐ろしいものがある。
「あちらの総大将は、鎌倉殿なのですって?」
 ともに川湊まで、望美に付き合って出てきてくれたのは、朔だった。ちょっとした買い物をしたかったのだが、その前に、この川辺をゆっくり歩いて、気分転換をしたかったのもある。
 他に誰もいないことを確認した朔に問われ、そうみたい、と望美は肯定して返す。
「前は出てこなかったのにね」
 四年前の戦では、総大将は景時だった。そして、その際には鎌倉殿の妻、政子の姿も見られた。異国の神を宿した女性だ。
 しかし、今回ばかりは鎌倉殿自らがお出ましなのだ。鎌倉軍の士気もかなり高いだろうと予想される。それを思うと、やはり心が騒ぐ。士気の高さで事が決するわけではないけれど、士気の高さが戦の勝敗に大きく関わることは否めない。
 そう簡単に、奥州が負けるとは思っていないが、不安感が湧き起こるのは、どうしようもない。
 こうしていると、先日、高衡が言っていたことが思い出される。
「戦に行く男よりも、それを待つ女の方が強い心を持つ――か」
 溜息じみた声で漏らすと、朔が聞き咎めたように、望美の顔を見返した。望美は苦笑いを見せた。
「高衡くんが言ってたの。そうなのかも知れないなあと思って」
 ただ、待つばかりなのは辛い。その辛苦に耐え、愛しい人の帰りを待つ、それが残された女の使命だ。それを乗り越えるから、女は強くなれる。男のように守るために己の命を削りに行くより、ただ耐えるばかりは胸の詰まるような日々だろう。不安を抱いても、戦っていればそれをひと時忘れられるのに、待つだけではなかなか上手く行かない。
 朔が心配そうに望美の顔を眺め、幾度か頷いた。
「そうね。……辛いわね」
 彼女も待つばかりの人だったのか。夫が戦に赴いたのではなく、この世から消滅し、それでもいつか会えるのではないかと、淡過ぎる期待を抱いて、生きてきたはずだ。
 ねえ望美、と呼びかけられる。
「私はね、あなたが泰衡殿と生きたいと言ったとき、本当は心配だったの。結婚まで決まったときは、それがもっと大きくなったわ」
「うん、それ、分かるよ」
 望美自身が何を望むかよりも、望美が泰衡の傍らで幸福に生きられるのか、疑問を抱く人もいたのは確かだ。泰衡はあのとおり、己の役目にこそ本質を見出す人間で、他者を思いやる気持ちなどないのかと思うほどに、冷たかった。冷徹で、冷淡で、優しさの欠片もないように見えることもある。
 そうでないことを、望美は既にそのとき知っていたし、だからこそ好きになった。望美にとっては、彼以外の誰の元に、己の幸福があるのだろうかと疑問さえ抱くほどだった。今も、それは続いていて、この先も途絶えないものだと、信じていたい。
「でも、あなたが文にしたためてくれた事柄や思い出が、久し振りに見たあなたの姿が、あなたの選択は間違っていないのだと、教えてくれた」
 思いの丈は形にしたかった。私はこれほど幸せで、これほどこの人を好きなのだと、泰衡以外の人に知って欲しかった。自分はこうして生きているのだと、知らせたくなった。朔は、望美の語ることによく耳を傾けてくれる、まるで姉のような人で、だからこそ全てを知って欲しかった、そして理解されたかった。
「奥州は勝利し、泰衡殿は無事に戻ってくるわ。大丈夫よ」
「……うん、ありがとう」
 そのとき、背後から人が近づいてくる、走るような足音が聴こえてきた。二人で振り返ってみると、童たちだ。年齢もまちまちのようで、下は四、五歳程度の子から、上は十を過ぎているようだ。鬼ごっこでもしているのか、何人もがわあわあとはしゃぎながら駆けてくる。しかし、そのうちの一人が、ふと望美の姿を認めると、
「おくがたさま!」
 と彼女を呼んだ。するとわらわらと他の童たちまで揃って、望美と朔の傍に集まってきた。
「こんにちは」
 挨拶をしながら笑いかけると、めいめいが、こんにちは、と返してくる。
「おくがたさま、だいじょうぶ?」
 一人に訊ねられ、首を傾げる。彼女らに何か心配をかけるような顔はしていないはずだ。何のことだろうか。
「みたちが、いくさに行ってしまったから、さみしいんだって、母さんがいってたよ」
 御館とは今御館と呼ばれている泰衡のことだろう。
「さみしくない?」
「だいじょうぶ?」
 さらに童が皆、それぞれに質問を浴びせてくる。しかし、困惑はしなかった。涙が、視界を少し滲ませている。
「寂しいけど、大丈夫だよ」