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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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 以前はそのようなことを思っている様子も見えなかったが、やはり泰衡が得た地位というものが大きいようだ。それとも、彼らは本当に泰衡を敬ってくれているのかも知れなかった。ありがとう、ともう一度、謝礼の言葉を口にしたが、そもそも気になって仕方のないことを訊ねることにした。
 アトイさん、と呼びかけると、老爺は顔を上げて、何にございましょうか、と応じた。
「私たちがここに着く前に、泰衡さんから戦況の報告などはあったでしょうか?」
「阿津賀志山では、源氏が堀を埋め始め、激しい戦いになるのは避けられぬだろうとの報告を、数日前に頂いたきり」
「堀を埋めて……?」
 二重の堀を持つ防塁が、阿津賀志山に築かれている。それを打破するため、鎌倉は堀を埋め、攻め入ることにしたのか。
 あちらは国衡が守っている。さらにその先の石那坂では、佐藤基治と忠衡が守りを固めている。そちらも戦いは始まっているはずで、ともすれば既に決しているかも知れない。
 平泉を離れただけで、戦の報せが届きにくい。
(ああ、携帯電話がある世界ならすぐに分かったのに)
 今さら己の生まれ故郷を想定しても、意味はない。ただ、焦燥感が募るばかりだ。
「急ぎの旅でお疲れでしょう。部屋を用意しておりますゆえ、案内させましょう」
 アトイに退室を促され、謝礼の言葉を述べ、立ち上がる。朔も望美に合わせて腰を上げたが、振り返った途端、いきなり部屋に入ってきた者がある。
「望美!」
「――九郎さん!?」
 もう二年も前に、海の向こうの大陸を目指して平泉を出て行った人だ。
「お久し振りですね、望美さん、朔殿」
「弁慶さんも」
 望美も朔も、驚嘆するしかなかった。九郎も弁慶も、この国にはいないものと思っていたのだ。
「どうなさったんですか、お二人とも?」
「とっくに大陸に渡ったと思っていたのに」
 二人がそれぞれに思わず訊ねると、九郎は表情を引き締めた。弁慶も僅かに目をすがめる。
「大陸は既に訪れましたよ。あちらでしばし過ごしていたのですが、少し前に熊野から連絡があったんです」
「景時は熊野に逃れ、奥州も鎌倉殿から攻められるところだと聞いて、飛び出してきた。つい先日着いたばかりで、すっかり出足が遅れたが」
 熊野で、ヒノエは既に二人の行方を知っていて、さらには何かあったときにはその報せまで送っていたようだ。さすがは海の道も知っているだけはある。
「それでわざわざ、ここまで?」
「お前たちの危機に際して、何もせずにはいられないだろう」
 九郎は相変わらず、人が好い。情に篤いのだ。一度懐に入れた者を、裏切ることなど決してない。
「率いる兵もなく、僕ら二人しかいませんが、もしも何かできることが僅かでもあるのなら、惜しみません」
 弁慶までそう言ってくれる。
「お前たちがこちらへ向かっていると言うから、少し待っていたんだ。できれば、今すぐにでも多賀へ赴こうと思っている」
「え、今からですか?」
 たった今、平泉からの道のりをやって来たばかりの望美たちだ。多賀城へ今から行くとあっては数日を要してしまう。阿津賀志山での戦は既に始まっていて、ともすれば終わっていてもおかしくない。
「待って、九郎さん。だって今から行っても――」
「望美、早く行くぞ」
「――え?」
 さらに驚かされる。九郎は、己と弁慶だけでなく、たった今平泉からの数日の旅を終えたばかりの望美まで、当然のように連れて行くつもりらしい。朔も突然のことに、言葉もなくしている。
 九郎、と彼を冷静に呼んだのは弁慶だった。
「二人は、今ここに着いたばかりなんですから、いきなりそう言われても困ってしまいますよ」
「だが、このままここで待つなどおかしな話だろう。俺たちは武士だ、守るべきものがあるというのに、戦わずにいられるものか」
 武士、と九郎は言う。望美のことも含めて、そう捉えているらしい。確かに、望美は剣を振るう、女武者だ。騎馬にも慣れ、馬上で戦うことすら、以前よりも得手と言える。
 戦う。武士とは、戦うためにいる。守るべきものが、愛するものがあって、だからそのために戦う。そういう生き物だと言ってしまってもいい。
 望美も、そうだった。白龍の逆鱗を持ち、剣を握り、敵と戦い運命に抗った。まさに、九郎の言うとおり、武者としての生き方だったのかも知れない。
「戦況も知れぬのに、お出になりますか」
 アトイが九郎に訊ねる。九郎は、当然だ、と応えている。弁慶は、仕方がないなと呟いた。
「望美、お前も支度を――」
「行けません」
 しかし、望美はきっぱりと断った。九郎はもちろんのこと、弁慶も驚いたように見える。朔は、どこか心配そうに望美を見た。
「私は、戦に出られないんです」
「……もしかして、懐妊なさっているんですか?」
 弁慶に訊ねられて、違います、と苦笑して応える。
「泰衡さんと、約束をしているんです。私は泰衡さんを帰りを待つ、泰衡さんは必ず私の元へ帰ってくる。そういう約束を」
 ともに戦おうと、そう誘われて、本当は行きたいと望んでしまいそうだ。本当にしたいことを、すっかり諦めてしまったとは言い難い。けれど、望美にとって今、最も大事にしなければならないのは、約束だった。彼と交わしたそれが、望美を制する。婚儀の夜にそうしたように、あの日、また小指と小指を絡ませて、約した。
「お前、それでいいのか?」
 九郎は、それこそ望美を案じるような顔つきとなり、こちらの表情を窺おうとする。
「本当は、とても戦いたいんですよ。泰衡さんを守りたい、あの人のために戦いたい。でも、それは泰衡さんに辛い思いをさせることでもあるんです」
「だが、お前らしくないな」
「自分でもそう思います。だって、前の私なら絶対、泰衡さんが反対したって、勝手に戦おうとしてた。でも、今は違うの。いいことか悪いことかは分からないけど、私はあの人の妻だから、あの人と生きようとしているから、だから、あの人に辛い思いだけはさせたくないと思うんです」
 妻が戦うこと、そして傷つくことを、夫は厭うものだと言う。もしも、妻が大きな災厄に見舞われたなら、夫は胸の塞ぐ想いをすることだろう。ましてや泰衡は、兵を統率する立場にある。もしも望美がそんな状況に陥ったとしても、彼には望美を案じるよりすべきことがあるのだ。それを、心から全うさせてあげたいと思うのなら、やはり望美は、戦に赴くべきではないのだろう。
「立派な奥方となられたんですね」
 しみじみとした様子で弁慶が褒めてきて、何だか照れ臭い。九郎は茫然としたような顔をしていたが、弁慶の言葉を受けて、そうか、と神妙に頷いた。そうして、一つ息をつく。
「ならば、俺と弁慶とで、行って来る。必ず、お前の代わりに泰衡殿の助けとなるからな」
 そうして、九郎は笑みを見せた。強い人の笑みだと思う。身体的な強さではなくて、心の強さだ。望美も、微笑みを返した。お願いしますと告げれば、九郎は、任せろ、ともう一度請け負った。
 二年振りに会った友は、やはり以前と変わらないまっすぐな心根を持ち続けていると分かった。