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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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 相変わらず下手な手蹟による望美の文は、非常に読み難い。それでも、以前に比べればどうにか読めるようになっただけ、増しと言うものか。
 文に書かれていたのは、九郎が怒りながら戻った事実と、泰衡たちの無事を確認せずにいられぬという彼女の心中だった。
「泰衡さんの文には、外ヶ浜で私たちを守るように指示があったみたいだけど、九郎さんは、泰衡さんがどうあっても奥州の戦に参加させないつもりなのかと怒っているようです。弁慶さんが取り成して、どうにか外ヶ浜まで戻ってきたようでした。私も、九郎さんがそっちの戦に加わってくれたらとても心強いだろうと思っていたんだけど、やっぱり今回も九郎さんたちは参加させられないということでしょうか」
 話している口調のそのままの文は、泰衡にとっては物珍しいとしか言えないものだ。あるいはつい、馬鹿にしたくなる。だが、それが彼女らしさでもあるか、と諦めつつある。
 さて、九郎はやはり、あの文を受け取った途端に、怒り心頭の様子だったと、由利にも報告を受けていた。内容を知らなかった彼も、大いに驚き、平泉に戻ると、逸早く泰衡の元へやって来て、どういうおつもりなのか、と訊ねられた。
 今は奥州の戦のとき、九郎は源氏の者だったが、ゆえあって源氏に与せず生きている。また源氏の生まれである彼を巻き込めば、源氏の間の禍根になってしまうだろうことを案じている。
 泰衡の回答に、それは至極もっともなことだと、由利も納得したようだったが、やはり以前の戦で功を上げた人間の再びの参戦を期待していたからか、落胆して見えた。
 だが、泰衡は九郎たちを巻き込む気は、やはりない。望美を守らせるというのも、言い訳ではあるが、実際に乞いたいことでもあったのだ。朔や女房たちもいればある程度安心できるが、兄弟子である九郎や、長くともに戦った弁慶と言う男性陣を傍につけることで、守りを強固にしたかった。ともすれば、彼女は全てを置き去りに、また平泉に舞い戻ってしまうのではないかという危惧がある。
 そも、珍しいことなのだ。彼女が、泰衡の気持ちを受け、素直に言うことを聞いて、大人しくしているなど、滅多にない。それが戦ということになれば、やはり己が飛び出して行きたいという願望を抱かずにいられないだろう。
(他人には、己の命を大事にしろという割りに、自身のことを顧みないところがある)
 そういう意味でも、彼女は心配なのだ。
 平泉から、開戦後に多賀城に寄越した高衡が、望美が送り出す際に言っていたことを、泰衡に打ち明けた。
「奥方様は、私に、奥州を守ること以外にも、己が生きることも大事にするようにと仰っていました」
 確かに望美らしい言葉だった。戦で死ぬことよりも、己が生きる道を選ぶこともまた、大事なのだと伝えたかったに違いない。
 読み難い妻の文の先を、さらに続けて読む。
「泰衡さんは、今、怪我はしていませんか。無理をしていませんか。とても心配です。どうか、無事でいてください。病気にも怪我にも気をつけてください。ちゃんと、私の所へ帰って来てください」
 病に気をつけるとしても、怪我をしない保障はない。思わず歪んだ笑みを浮かべてしまう。戦なのだ、いざ己が刀を握れば、傷を負うことになる。命を奪われるわけに行かなくとも、無傷でいられる気はしない。
 帰って来てください、と書く。彼女の心中は、彼女が高衡に告げたときのまま、本当ならば奥州よりも己の命を選び、生きて欲しいという願いが見えてならない。彼女が本当に願うのは、それだけだろう。だが、泰衡は奥州を捨てることなどできない、それが分かっているから、ただ無事を願う。
 申し訳ないと思うほど、泰衡も殊勝ではない。ただ、自分がもっと己の役目のことにのみ邁進しすぎない、柔軟な男であれば、彼女もこれほどの気苦労もなかったのかも知れぬとは思う。泰衡の不器用さは、究極だ。自身で分かっていて、変えることは難しい、いや、変えるつもりもない。この生き方だけが、己の道なのだ。
 妻の心中も読める文を折り畳み、彼は己の懐に入れた。
 そして、柳ノ御所を出た。門まで辿り着く前に、銀がどこからか現れ、静かについて来る。
「兵の様子はどうだ?」
「いつ敵が攻め入りましてもいいように、整って参りました」
「士気は?」
「少々低いように見受けられますが、皆、家族や友と会うことで、彼らを守ろうという意識を強くしているようではあります」
 そうか、と応えながら、門を出る。伽羅御所に一度戻り、再び襲い来る戦の準備を、いま一度整えなければならない。
 常の居所へ向かう道筋には、人の姿がちらほらと見えている。その誰もが、どこか暗い表情をして見える。思い過ごしではない。家族を、この戦で亡くしたのだろうか。あるいは、これから先への不安を抱えているのだろうか。
 生きていることにこそ意味がある。妻は弟にそのような主張をしたようだ。そのとおりだと、泰衡も考える。妻に感化されたわけではない。国ではなく、地位でもなく、守るべきものは命だ。だが、泰衡は、己の命など、この奥州よりも軽いものだと思っている。この奥州の地そのもの、そしてここに暮らす人々、そちらの方がずっと重きを置くべきものだ。しかし、彼のこのような気持ちを知っていてもなお、彼の妻は、彼がこれを口にしたなら、腹を立てることだろう。彼女にとって、泰衡の命は相当重いもののようだ。ともすれば、彼女こそ自身の命よりも泰衡の命の方が重いと言い兼ねない。
(……あれも、奥州の人間だ)
 泰衡にとっては、妻の命もまた、とても重い。
 守りたいと思うことに、誤りはないだろう。彼女が泰衡を守りたいと望む思いと同じことだ。
 懐にしまった文には、心配だと書かれていた。案じることはないのだと伝えても、彼女が安堵することはないのだろう。分かりきっていて、あの言伝を郎党に託した。彼女が心から息をつけるのは、奥州が鎌倉に勝利し、泰衡が無事に彼女の元へ帰るときだ。
「すっかり秋の景色にございますね」
 銀が不意に声をかけてくる。しみじみと、空を見上げて言う。夕暮れ時のことだ。夕陽に照らされ、すっかり朱色に染まっていた。蜻蛉がすい、と目の前を横切った。
「山が燃える頃には、決着もついているだろう」
 泰衡は戦の終わりを思った。
 山稜が、紅葉して色づくときを考える。その景色を見て、望美が例年と同じように、紅葉狩りに行きましょうよと主張するだろう、その様が容易に想像できる。
 あるいは、冬が来て、辺りが白く雪の色だけに染まる日を思う。そして、九郎たちが大陸へ行く際に立ち寄ると言っていた、蝦夷島のことを考える。婚姻の前に、泰衡は望美と、いつか、ともにあの地を訪れようと約束したことを思い出す。
(戦が終わったなら……)
 この戦の後始末も終えて、平穏が取り戻されたなら、行ってみてもいい、何故か急にそう思った。
 いずれまた、戦がこの地を舐めていくとも限らない。そうなる前に、彼女との約束を早々に果たしてやりたい。広い大地をともに見て、彼女が喜ぶその姿を見ることを望む。
 感傷的な気分で、そんなことを徒然と考えた。自分らしくないと、自嘲しながら、それでも素直にこの思いを受け入れた。