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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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 いつ、どんな災厄が降ってくるのか、誰にも分からない。予想はできても、全てが的中するわけでもない。どこで、命を落とすことになるか、誰にも分かりはしない。
 国衡と忠衡を失った。高衡の無事も確認できたわけではない。一度は殺めようとした父を看取ったときと同じほどには、胸が塞いだ。しかし、彼が落ち込んで前へ進めなくなっては、軍勢を率いることはできない。すぐに己を取り戻し、平泉まで敗走した。
 墓標が立てられ、その前で、二度も未亡人とさせられた女を見たときには、やはり思うところもあった。長兄の妻は、父の妻でもあった。彼女はほんの二年ほどの間に、二人の夫を亡くしてしまった。また、まだ年若い忠衡の妻が、声も立てずに茫然としたまま涙を流しているのを見たときも、泰衡にはかけるべき言葉も思いつかなかった。彼女はまた、父である佐藤基治も失っていた。
 夫に死なれたとき、妻はこうなるものか。改めて思い知らされ、彼は望美を思った。彼女も、泣くのだろう。泣き喚く質だ、きっと散々声を上げてしまうのだろう。己の命は故郷よりも軽いように思うが、望美の存在はかなり重い。
 泰衡にとって、彼女との婚姻は、利点のあることではあった。龍神の神子が在る奥州には、龍神の加護があるとて、恐れ敬う傾向はあり、都からの抑圧も最小限のものがあった。泰衡は彼なりの理想を描くことに邁進できた。けれども、彼女の存在が、自分の枷になっていたようにも思う。こんなことを妻に話せば彼女は相当怒るだろう、悲しむのかも知れない。彼女がゆえに、自分は変わったと思う。それが良いことか悪いことかは別として、以前と異なる自分が、何を最も優先すればよいのか迷うことが増えてしまった点において、彼女が枷になったと考えるのだ。兄弟に言わせれば、それは良い変化らしい。本当にそうなのかどうか、自身で判ずるには、もう何十年という時間が必要だと感じている。
 見慣れた故郷の道を行き、彼にしては珍しいほどに、物思いに耽っていた。


 よく眠れぬ夜が過ぎた。早朝の頃だった。辺りはまだどこか薄暗い。ばたばたと慌てたように足音が聴こえて、目を覚ました。
「泰衡様、お目覚めになっていらっしゃいますか」
 銀の声が御簾のあちらから投げられ、起きている、と低めた声で応える。すると、火急のことにございます、とさらに返ってきた。
「鎌倉の軍勢が、平泉を目指し、出立したとの報せが入りました」
「多賀の国府からだな?」
「そのとおりにございます」
 多賀城に軍を一度集結させて、こちらへ向かっているようだ。全軍が平泉に到着するまでには、一日二日を要するだろう。その間に、こちらも抗戦の準備を整えなければならない。
「銀、全軍を大社に集めろ」
「御意」
 銀はすぐさま辞して行った。
 その足音が遠ざかると、薄暗闇で、息をつく。
 とうとう来た。いや、もちろん分かっていたことだ。だが、もう後はない。戦にはいつでも負ける気などないが、今は決して失敗の許されぬとき。
 やがて彼も鎧を身にまとい、すっかり武者の姿となってから、大社へと向かう。
 奥州の最後の砦になるかも知れないこの平泉を守るべく、武者たちは集まり始めていた。それを眺めながら、泰衡は長い階を上がった。階上には銀も支度を整えて佇んでいる。
「銀、どれだけ集まりそうだ?」
 自軍の全容の把握が間に合っていないのは、多賀城から敗走してきた際に、皆、それぞれ散り散りになっているためだ。数日をかけ、ようやく戻る者も多い。今朝までにどれだけの人間が平泉まで帰ってきたのか、彼はまだ知り得ていない。
 問われた銀は、僅かに表情を曇らせる。どうしたのかと眉を寄せれば、銀はそっと泰衡の傍近くで告げる。
「今、集まっているのが、平泉に帰り着いたほとんどの武士にございます」
 言葉を失いかけた。
 大社の上から見下ろしてみても、兵力が少ない。簡単にその人数を数えることができるほど、とは言わないが、鎌倉の軍勢に対抗し得るだけの武者が集まっているかと言えば、そうではない。予想される鎌倉勢の人数と、こちらの人数では、明らかな差がある。
(そう、数の問題ではない。数に劣る側が勝つこともある。だが、これは――)
 差が大きすぎる。それほどに、阿津賀志山の決戦で劣ったことが大きかった。あそこには、国衡を初め、多くの有力な武士たちを送り込んでいた。そのほとんどの命が失われた。生きていても、捕らえられた者も多い。
 愕然とするしかなかった。
 しかし、それで絶望するわけには行かない。泰衡は、集まった武者たちの姿を見下ろし、言葉にすべきことを伝えるしかない。
「皆、よくぞ生き延びた。先の戦いでは多くの力ある者が失われた。しかし、我らは奥州のため、また死んだ者のため、必ず勝たねばならん」
 おお、と声が上がるものの、以前ほどの覇気はない。
「明日明後日にも、鎌倉はここまで辿り着く。我らは、ここを故郷とする者、地の利を知るのは我ら、有利なのは我らの方。負けることなどあり得ん。龍の加護もある。ただ、――勝つのみだ!」
 歓声が上がっても、泰衡は己の冷えた脳裡に、この戦の終わりを思い浮かべていた。
 地の利は生かせるだろうが、この人数では兵を有効に分けることも難しい。また、龍神の加護など、元よりこの地にあるわけではない。泰衡が望美を娶ることにより、そう思い込ませていることであって、つまりは嘘、はったりだ。
 それぞれが戦の前、最後の憩いの時を過ごすようにと、武者たちを解放した泰衡は、しばらくは彼らがいなくなるまで大社の上に佇んだ。銀は、泰衡の傍に在った。
 他に誰もいないことを確認し、泰衡は溜息をついた。
「もう後がない。だが、勝てる気もしない」
「……泰衡様らしくもないお言葉にございます」
 銀もさすがに、泰衡の言葉に面食らったようだ。ふん、と鼻先で笑う。己を嘲りたかった。
「鎌倉に対抗できるだけの力が足りん」
「まだ、諦めるには早い時ではありませんか」
「見切りをつけるなら、早い方がいい」
 銀が口にする言葉に込められているのは、理性より感情の方が多いだろう。買い被っているわけでなく、銀が将としての才を持っていることが分かっている今、そのような言葉は、全く意味のないものに聞こえる。
「泰衡様、奥方様であれば、ここですぐに諦めたりはなさいませんでしょう」
「――あれと俺は違う」
「しかし、奥方様が嘆かれます」
「あれが泣こうが喚こうが、どうにもならぬことだ」
「しかし」
 銀にしては、非常にしつこい。主の命を違えるかのように、言い募ってくる。泰衡は彼を睨んだが、銀も決して退く様子を見せない。
「戦わずして負けを認めるなど、将にあってはならぬことと存じます」
「……俺には、将としての資質などない」
「泰衡様……!」
「何も不貞腐れているわけではない。童ではないのだからな。しかし、事実は事実だ。九郎のように人を惹きつけるものなど持っておらず、父のように多くを包む包容力もない」
「そのようなことは――」
 途方に暮れる銀に、泰衡は歪んだ笑みを見せた。
「だが、戦わぬわけには行かぬと言うなら、そのとおりだ」
「……泰衡様」
 ようやく、銀は安堵し、息をつく。