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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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「だが、最悪の場合のための準備も心構えも整えておかねばならぬだろうな」
「承知しております。伽羅御所や柳ノ御所の者が無事でいられるよう、取り計らうことにいたしましょう」
 いちいち指示しなくとも、銀はどうすべきかを理解している。細かく命令を下さねばならない煩わしさがなくて助かる。
「ああ、頼んだ」
「御意」
 銀はすぐさま大社を下りていった。それを見送ると、泰衡は辺りを見回した。ここからは、広く遠くが見渡せる。奥州の一部に過ぎない景色、それ以上に広い奥州、束ねる立場にあるのは彼自身だ。他の誰でもない。守れぬと思えばそこで終わりだが、無駄な抵抗をして意義のない死に方をさせるのは泰衡の本意ではない。
 龍神の加護がある、だから奥州は勝つと――信ずる者は今、どれほどいるのだろうか。ないものをないと見極める者は少なくない。だが、信じようとする者もあるだろう。泰衡が望美を娶ることで偽り続けたことを、裏切りだと罵られても仕方がないか。
(だが、まだだ)
 加護はなくとも、勝てばすべてが決する。偽りが真実に近しいものにならないとは限らない。
 柳ノ御所へ戻ると、既に銀から指示があったためか、舎人などが荷物をまとめる姿が見受けられた。
 勝敗の如何に関わらず、平泉が戦場となることを考えれば、一度どこぞへ身を隠すなどしておいた方がいいのは確かなことだろう。
 一度最奥にある己の執務の部屋へ向かうと、一度、大鎧を脱いでしまう。体は楽になるものの、心までは、そう簡単に軽くならないものだ。
 文机を前に、彼は考える。冷静に思ってみても、勝算はほとんどない。布陣を考えてみても、地の利を活かそうにも、戦える者の数が少ない今、最も効果のある方法を考えておかねばならないが、これも策を弄する以上に、数で負けてしまう可能性が高いと予想される。手詰まりだ。
「龍神の加護か」
 もし本当にそんなものが、この地にのみ降り注ぐものならば、楽に勝てたのか。いや、神は人の戦になど手を貸すはずもない。
 それでも、銀が言ったとおり、ここで諦めれば、全てが終わってしまう。泰衡は曽祖父から続いて守り続けてきた地を、ただ守りきりたいだけだ。そのために、力を尽くさねばならない。
 今御館、とそのとき声がかかった。銀ではない。
「誰だ?」
 下がる御簾のあちらにある人影は、そっとこれを払い、中へ入ってきた。見覚えはある。代々、奥州藤原氏に仕えてきた郎党だ。
「……河田か」
 御簾の手前に膝をつき、河田次郎は頭を下げた。
「お伺いしたいことございまして、失礼をいたしました」
「何を確認したい?」
「……先程も仰っておいでだった、神の加護について」
 眉を顰めざるを得ない。
 河田は、一度立ち上がり、こちらまで一息に近づいてくると、訊ねてきた。
「今、我らにそのようなものはないのではございませんか?」
「――何故、そう思う?」
「我らは、窮地に立たされております。阿津賀志山、石那坂での戦いは、奮闘虚しく散々なものと相成りました。神の加護があると言うなれば、既に鎌倉を退けていて良いはず。さらに、此度平泉においては、とても勝ち目があるように見受けられない」
 全くもって、彼の考えどおり、奥州軍が勝つ見込みなど、低いものだ。だが、諦めれば全て終わりなのだとすれば、抗わねばならない。
「私もこのようなことを申し上げたくはないのです。しかし、既に我ら――いえ、今御館、あなた様の命運は尽きたものではありませぬか!」
 目をすがめ、思わず河田を睨んだ。
「為政者としてのあなた様はご立派な方。しかし、我ら兵を率いるには力なき方だ。我らは、このまま、あなたがゆえに負けるのではありませぬか」
「言葉が過ぎるぞ、河田」
「いえ、それでも申し上げたい。奥方様を、龍神の神子様を北端の蝦夷の地へ追いやったがゆえ、我らは神の力を失ったのではありませぬか。神子様の存在がゆえに、我らに龍神の加護があろうものを!」
 どうやらこの男は、白龍の神子がこの平泉にいないから、しかも蝦夷――俘囚――が暮らす地などに行かせたがために、戦に勝てぬのだと思い込んでいるらしい。そんなに簡単なものではないと、嘲笑したくなる。初めから、平泉に加護があるということ自体が虚実だと、言ってしまいたくなる。だが、それを言っては、望美の存在が否定されてしまうだろう。それは、避けたかった。
「愚かなことを……」
 そう口にした途端、河田はさらに激昂したようだ。
「これ以上、我らはあなたの下で戦っても、犬死に終わるのみ。この戦に、これ以上意味はない!」
 そのとおりだ、と思う。これ以上戦うことに本当の意味など、泰衡も見出せぬ。だが、戦わねばならない。もしもそこに、希望が見出せるのなら、そう信じて進みたいのだ。――おそらく、妻が望むこと。
「これ以上は、許せぬ」
 それまでの怒声が、ふいに静かな声となった、そのとき、河田が目前まで迫った。
 ――それは、痛みと言うよりは衝撃。
 河田は身を離しながら、泰衡の腹から、刀を抜いた。赤い血が滴っている。泰衡の身から、鮮血が散る。
 また、河田が今度は腕を振り上げ、泰衡を切り裂こうとしている姿が目に入るものの、広がる痛みに体が動かない。
「泰衡様――!」
 叫ぶように呼ぶ声が聴こえ、銀の姿が、腐る水のように濁っていく視界の端に入る。
 しかし、それまでだった。