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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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 そうして、二人で海を見た。その向こうに見える大きな島の影も、よく見える。
「いつか、一緒に行きましょう」
 望美が言うと、泰衡は僅かに思案してから、ああ、と応えた。嬉しくて、笑う。
「約束ですよ」
 念を押すと、これにも彼は確かに頷いて見せた。
 この美しい海の向こう、あの島へ、いずれともに行く。泰衡がそこへ行くことを望むから、望美もまたそれが叶うように祈る。
 いつか、あそこへ。



 人の気配がして、望美はゆるりと覚醒に導かれた。
 重い瞼を持ち上げて、褥に横たわる体を返すと、泰衡が近づいてきていた。既に灯明は消えてしまっていて、外からの月明かりだけが、僅かに彼の姿を見せてくれている。
「泰衡さん、今帰って来たの?」
「ああ――いい、寝ていろ」
 半身を起こそうとすると、止められる。けれど、それに反するように望美は上半身だけ起き上がり、褥の上に座った。
 少々呆れたような顔を見せながら、彼もすぐに単衣に着替えて、望美の傍らへやって来る。
「お疲れ様でした」
「ああ」
「……あの、今日のこと」
「月が替わったらすぐに、京へ立て」
 詳しく話を聞こうとしたが、泰衡は彼女の言葉を最後まで聞く意志はないと主張するかのように、簡潔に言ってのけると、望美の隣、同じ褥に横になってしまう。
 息をつく。取り付く島もないのはいつものことだが、それで納得できるわけがない。望美も同じように枕に頭を置いて、彼が引き被る衾を己の体にも引き寄せたが、それで眠り、全て済ませるつもりはなかった。天井を見つめながら、話しかける。
「旅するなら、泰衡さんと一緒が良かった」
「……仕方あるまい」
 結婚したばかりの頃ならば、そんなことなどしたくない、などと言ったかも知れないが、今はもう少し柔らかくなった。根本が変わったとは言えないだろうが、変わったところもある。譲歩する部分を、もう知っていた。
「一緒に、蝦夷島に行こうって話したこと、あったでしょう?」
 しかし返答がない。ちらりと隣を見ると、泰衡は目を閉じたままだ。
「覚えてませんか?」
「あなたが嫁していらっしゃる前だったか」
 忘れてはいないらしい。はい、と忘れられていなかったことが嬉しくて、僅かに弾んだ声で応える。
 結婚する前に、一度だけ、泰衡が北へ行くのに無理矢理ついて行ったことがある。泰衡と、平泉を出たのは、あれが最初で最後のことだ。
 残念ながら、楽しい旅だとは言い難かった。望美は崖から落ちて怪我を負ってしまい、数日間まともに動くことができなくなったし、そのせいで平泉へ帰還するのが予定より遅くなった。さらにこのため、泰衡はその後、しばらく忙しくしていて、ともに過ごす時間がなかった。
 けれど、旅先では大きな島影を見られた。海の向こうに見えたのは、蝦夷島と呼ばれる地で、望美の予想ではおそらく、彼女の世界での北海道に当たるはずだった。
 ――いつか、一緒に行きましょう。
 約束をしたけれど、夫婦になってから三年経った今も、実現していない。もちろん、初めから想定していたのは、この数年での話ではなかったが、それよりも先んじて、泰衡とではなく、一人で――もちろん同行の武士たちはいるのだが――京へ赴くことになるとは、思っていなかった。武家の妻となったからには、あまり遠出などすることはなくなるものと思っていた。
 今回のことは、例外中の例外、望美が白龍の神子として京に在ったときの出来事のため、後白河法皇のお召しがあった。鎌倉のことがなければ、久々の旅だと多少喜ぶこともできたが、さすがにそうは言っていられない状況だ。
「あのときのこと、今、ちょっとだけ夢に見たんです」
「怪我の痛みでも蘇ったか?」
「そ、それはそれとして」
 あの怪我は、望美が勝手に失敗をしただけのものだから、泰衡は馬鹿にしているのだ。それでも、彼も意外と細かいところまで覚えているのだという事実には安堵する。約束をしたものと思っているのは、望美だけではないらしい。
 泰衡から視線を逸らして、また、何もない天井を見る。天蓋のような帳台の中の、狭い天井だ。
「国衡さんにも話したんだけど、京へ行って鎌倉のことを探るのは、不安じゃないと言ったら嘘になる。でも、泰衡さんがそれを望むなら、私は何でもしようと思う。今までこういうことで泰衡さんの役に立てたことないし、寧ろ嬉しいくらい」
 これはただの強がりではなく、紛れもない事実、本心だ。
「でも、もう何年も、私、泰衡さんとこうして一緒にいたから、寂しい」
 これも、本心。
 京への道のりは遠い。行くだけで半月はかかるはずだ。帰るにも同じだけの時間がかかる上に、京に滞在する期間も含めれば、一ヶ月以上平泉を離れることになる。その間、ずっと会わない。今までなかったことだ。
 急に胸が締め付けられて、何だか悲しい気がしてきた。泣くつもりなど一切なかったというのに、涙が一つ二つ、目の端から零れ、耳を濡らした。
「会えない日が何日か続いても、会おうと思えば会いに行けたけど、今度は違うから」
 子どものようなことを言っている。自分でもそれは分かっているし、今回のことは受け入れている、拒むつもりはない。それでも寂寥感だけはどうにもならない。
「泣くほどのことではないだろう」
 呆れたような声が隣から聞こえて、少し腹立たしい。けれど、その後すぐに、彼の指が伸びてきて、望美の左目の端を拭った。優しい感触に、文句も言えなくなる。隣に顔を向けると、右の目尻も拭われる。
 それから、大きな掌に額を撫ぜられた。その手は流れるように、彼女の頭の上にも触れていく。長い髪を梳くような仕種で、泰衡は望美の背を引き寄せた。望美もそれに逆らわず、自ら泰衡の胸に顔を埋める。
 これだから、この人には敵わない。冷たいかと思えば、こんなふうに優しくされる。もともと不器用な人なのに、時々こうされると、愛されているのだと実感できる。彼がこうして接するのは、自分だけだという優越感まで覚えてしまうから、始末に終えない。
「鎌倉殿のことは、できる限り深く探って頂きたいが、命の危ういところまでは踏み込むな」
 緊迫した声で囁かれたのは、愛の言葉ではなかったが――この人に期待しても仕方あるまい――、そこに彼の心を見出せるから、望美は頷いた。そっと、彼の腕の中で顔を見上げる。
「頼朝さんはやっぱり、まだ奥州を狙っているんでしょうか?」
「狙わぬ理由もないだろう」
「やっぱり、……戦になると考えていますか?」
 しかし、これには泰衡は頷くこともせず、己を見上げている妻を見下ろす。僅かに眉を寄せているが、それ以上感情を見せる様子もない。ただ見つめられ、望美は表情を曇らせる。違うのならばすぐに否定するだろう、それをしないということは、肯定に相違ない。だが、望美がそれを厭うから――だからと言って事実は変わらないが――、そうしないだけのことだ。
 後ろの髪が、彼の指にゆっくりと梳かれる。
「まだ何も始まってはいない。鎌倉が今狙うは、我らとは限らない」