さようならと告げる鳥の聲が聴こえる
それでも戦を否定しない。奥州ではないにしろ、どこかしらに何か仕掛けられる可能性は、大いにあるということだ。いや、泰衡は既にそれ以外に考えられないとまで、確信しているのだろう。こういうとき、一時の慰めとして嘘をつくなど、する人ではない。少なくとも望美に対して、彼が嘘をついたことは一度とてない。語らないことは多くても、嘘はつかない。それは酷とも感じられる、けれど確かな彼の優しさだ。
「やっぱり、戦はなくならないものでしょうか」
「少なくとも、一度武器を手にした我らが、それを捨てることなどできるはずもない」
だから、武士がいる。武門の者が武器を持たなければ、その存在の意味がない。武器があるから、争うことができる。逆を返せば、争いがあるから武器がこの世に生まれたことになる。争いがなくならぬから、武器を持ち続ける。――争いはなくならない、と彼は答える。
望美が生まれ育った世界、故郷の国では、戦争はしないと法に定められた。彼女が生まれる何十年も前の話だ。だから、彼女は生まれてから十数年間、人と人が殺し合うということを、知らずにいた。この世界に流されてきて、初めて戦うことを覚えた。剣を手に取り、人の命を絶つことを知った。血を浴びても拭うことなく、己にとって大事な人を守り、そして己自身が生きるために、誰かを殺した。顔も知らない、覚えていない、そういう人を。
「……私も、手放せないままですね、結局」
溜息をつきたくなってきた。特に先々のことを考えていたわけではなかったが、剣を扱う鍛錬は、今でも続けている。人の妻のすることではないとも思うけれど、もう習慣になっていた。戦うために鍛錬してきたわけではないのに、まるでそれらが未来の戦のためになってしまったような気になる。
「俺としては、それで助かる部分もあるが」
意外なことを言われた、思わず大袈裟なまでに目を瞬かせた。
「一人でも己の身を守れる女が妻だというのは、人より心配の数が減って助かる」
「……喜んでいいんでしょうか、それ」
あまり手放しに喜んでいい事柄ではないような気がする。
「その代わり、活発な女が妻だというのは、人より心配の数が増えるのも事実だが」
すると結局のところ、他人と比べても心配の数が減ったとは言い難い。ともすれば、増えているのではないだろうか。泰衡は僅かに苦く笑う。
「何にしても、この度の京行きについては、あなたでなければ受け入れられなかったことではある」
「でも、私だからこそ呼ばれたんでしょう?」
「どちらにしても、鎌倉のことを探る必要はあっただろう。俺があなたを娶らなければ、どう探るか検討するところから始めなければならなかった」
望美を妻としたからこそ、鎌倉方が朝廷に何を仕掛けるか、知るきっかけを得たと言う。
「それって、私と結婚して良かったってこと?」
やっと表情を和らげて、望美は笑いかける。思ってもみなかったことを問われた様子で、泰衡は僅かに眉を寄せたものの、
「……そういうことになるか」
苦味を味わった顔で、認めた。
望美は目を閉じて、泰衡の胸に頬を摺り寄せる。
「おやすみなさい」
眠る体勢。ああ、と応じて彼女を素直に受け入れたかに見えた泰衡だったが、直後に、溜息じみたものを吐いたようだ。
「あなたは枕を必要としていないな」
今夜もまた、枕をよそへやり、泰衡の腕の中で眠る。くすりと笑い、いらないんです、と応えた。
作品名:さようならと告げる鳥の聲が聴こえる 作家名:川村菜桜