二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

INDEX|8ページ/50ページ|

次のページ前のページ
 

 泰衡が紡いだ言葉が、ふいに胸に落ちてくる。分かってる、と望美は心の内で、己に言い聞かせた。



     ***



 京に着いたのは、四月も半ばに入ってからのことだ。数年ぶりに訪れた都は、やはり懐かしい場所になっていた。初めに向かったのは、法住寺だ。この度、望美の舞を所望していると言う後白河法皇の住居にもなっている。蓮華王院本堂には千体もの仏像が並んでいる。ここでは、以前も法皇に会ったことがある。あの頃は、九郎たちも一緒だった。それが、今ここに上がれるのは望美のみだったが、銀も特別に許された。
 しかし、現れたのは後白河法皇その人ではない。以前も見たことがある。おそらくあの頃も法皇についていた近臣だろう。
「平泉より遠路はるばるよくおいでになりました。ご苦労様にございます」
「いえ、とんでもありません」
 堅苦しい言葉に、気後れしそうだ。法皇とは以前、言葉を交わしたこともあったが、その人自身の方がずっと気安い人柄だったように思う。ただし、泰衡からすると、どこに本心があるのか読めない危険な男だ、とも言われているので、心をそう簡単に許してはならないらしい。
「法皇様は、雨乞いの宴が迫っており、ご多忙ゆえ、本日はお会い頂くこと適いませぬが、白龍の神子殿のご来訪、法皇はいたくお喜びであらせられます」
「こちらこそ、私の舞をお望みとのこと、恐悦至極にございます」
 白龍の神子とだけ名乗っていられたときとは違い、今は奥州藤原氏が当主の妻だ、言葉遣いには気を遣う。慣れないことばかりで、緊張はますます深まるのだが、それでは、と近臣らしき男は区切った。
「本日よりの宿は、六条堀川に用意がありますので、そちらへ」
 そう言って一礼する。こちらも慌てて頭を下げ、ゆっくり顔を上げれば、もうその人は背を向けて去って行くところだ。息をつく。
「それじゃあ、さっそく宿に行こうか、銀――」
 振り返った途端に、望美は目を見開いた。銀はもちろん、そこにいる。だが、彼の隣にもう一人、見覚えのある男がいる。数年前より、経過した時間の分だけ随分と大人びて見えるが、人違いではない。
「やあ、姫君。久し振りだね」
 器用に片目を瞑ってみせる。
「ヒノエくん!」
 熊野別当、藤原湛増の登場だった。
「どうしてここにいるの!?」
「どうして、とはひどいね。もちろん、お前に会いに来たに決まってるだろ」
「そういうことじゃなくって、何で私がここにいること、知ってるの?」
 予想外だ。まさかこんなところで出会うとは思ってもみなかった。しかしヒノエは、ちちち、と舌を鳴らしながら、人差し指を振って見せる。
「熊野の神を侮っちゃいけないね、望美」
「まさか、平泉まで烏に探らせてるんじゃないよね?」
 熊野と平泉の距離と言ったら、かなりのものだ。平泉から京へ入るよりも、さらに辛い旅路になる。
「もちろん、時々は平泉の様子も確認してるさ。でも、今回の情報は京からのもんさ。伝説の神子姫が、雨乞いの舞を披露するってね。もちろん、尼僧の朔ちゃんがそう簡単に出てくるわけない、それならお前しかいないってわけだよ」
 後白河法皇が開く雨乞いの儀式、そして宴。確かに、民の口の端に上らぬわけもない。
「でも、私たちが法住寺に来たのが今だっていうのは簡単に知ること、できないでしょう?」
「おっと、それこそ忘れてもらっちゃ困るね。オレは、白龍が天へ還った今でも、お前の八葉のつもりなんだ。その神子姫様が無事に辿り着けるよう、見張りをつけるくらい、当たり前のことだろ」
「そういうものかなあ」
「そういうものさ」
 すると、しばらく前から、熊野の頭領による監視下にあったのは間違いないようだ。肩を竦める。
「お前たちの宿は、オレたちと同じとこだからね。案内するよ」
 それからヒノエは背を向けて、さあ行こうと歩き出す。望美もそれに素直に従おうとしたが、ふと気になった。思わず、ヒノエくん、と呼びかける。
「同じ宿って、ヒノエくんたちはどうしてここにいるの?」
「ああ、言っていなかったっけ? オレも、熊野別当として雨乞いの儀式に招かれてるのさ」
「聞いてないよ」
「そうだったっけね。でも、仕方ないと思わない? オレがここにいるのは、法皇様のためじゃなくって、美しい我らが姫君のためなんだからさ」
 茶目っ気たっぷりの笑みで、どこかからかっているようにも見える。望美が僅かに頬を染めると、ヒノエは声を立てて笑った。思わず少し睨むような目になってしまう。
「ヒノエくん、人妻をからかわないでっ」
「人妻だろうと、きれいなものはきれいなんだ。何の問題がある?」
 答えに窮して、また睨む。ヒノエは楽しそうに笑うばかりだ。
 さてそろそろ行こう、と促され、銀とともに蓮華王院を後にすることとなった。外で待っていた平泉からともにやって来た武士たち数人や馬も引き連れて、ぞろぞろとヒノエの案内により、六条堀川の宿へ辿り着く。
 宿とは、大きな寺院だ。熊野の一行と奥州の一行を同時に宿泊させるほど大きな宿があっただろうかと、疑問に思っていたが、合点が行った。
 御坊によりまず、望美たちはそれぞれの部屋を与えられた。当然、望美は女性一人の身ゆえに、たった一人で一室を貸し出されたわけだが、それにしても一人で使うには少々広い。そこに、銀とヒノエだけを通した。
 人の妻が、夫以外の男を部屋に入れるのは、非常識であろうが、この場合は仕方ない。まず、銀に辺りに人がいないことを確認させると、ようやくヒノエは口を開く。
「で、舞姫が京へ上ってきた目的は何だい?」
 単刀直入だ。駆け引きを好む方であるヒノエだが、まどろっこしいことを好む質でないことも知っている。
「そういうヒノエくんは?」
「オレ? さて、それはお前と同じだと思う、と答えておこうかな」
「ずるいのね」
 さあて、と相手の方がのらりくらりとやり過ごそうとしている。こういったやり取りは、もともと望美の得手ではない。降参した方が良さそうだ。
「もう分かってるんだと思うけど、……鎌倉のこと」
 最後は、声を低める。
「ああ、やっぱりね」
 ヒノエは何度か深く頷いて、意味ありげな笑みを見せる。
「今まで、ずっとこんな雨乞いの儀に、神子姫様ご登場の話はなかったし、どうやら院の不興を買うも恐れずに断り続けているらしいってのは聞いてたからね。どうして今さら受け入れたのかと思ってたんだ」
「ヒノエくんなら、考えるまでもなく答えが出たんじゃない?」
「ま、否定はしないけどね」
 泰衡は、鎌倉の動きを怪しんでいる。それならば、おそらくヒノエ――熊野もまた、鎌倉の動きに目を配っているだろうから、それを感じ取っていないわけはないだろう。
「姫君と同じで、いくら後白河法皇に呼ばれても、色好い返事なんて寄越してこなかった鎌倉殿が、自ら京に来るって言うんだから、気味が悪い」
「何か、目的があるんだよね」
「だろうね。このところ、鎌倉は鍛冶師と軍馬を集めてるって話を聞いたしね。……法皇様も、それが分かっているからまた呼んだんじゃないかと思ってるけどね」
「――法皇様も?」
 僅かに驚き、望美は目を見開く。ああ、と頷いた後に、全く嫌になるね、とヒノエが呟く。