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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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「退屈遊ばしているのかもね」
「そんな理由で?」
 望美はまだ、後白河院のことをよく知っているとは言い難い。泰衡たちが言うように、食えない男であるのは間違いないだろうが、人が悪いという印象もなかった。しかし、源氏と平家の争いの際の行動や、その後の奥州と鎌倉との戦の折の振る舞い方を見れば、多少の疑問を抱かなくもない。そう簡単に心を許してはならぬ相手なのだろう。
「退屈って言うよりは、試そうとしているのかもね。いや、目がよそに向くことを期待しているのかな」
「それは、法皇様が鎌倉や奥州を恐れているってこと?」
「そう。あるいは、これ以上力を蓄える前に、またそれを消耗させたいのか」
 ヒノエの見解を聞く望美の眉間には、その夫たる人の癖のような、皺が刻まれ始める。
 戦などなければ、ひたすら戦力を貯め込み、金銭的にも蓄えを増やせる。それらを一息に消耗させるには、戦が手っ取り早い。ただし、これにも危険は伴う。戦に勝利した者が、さらに強大な力を得る可能性が高い。
「また、戦に勝った方に取り入ろうと思ってるのかな」
 奥州と鎌倉の戦が、前者の優位に終結した後しばらくは、後白河法皇からの文や、遣いがよく平泉にやって来たものだった。秀衡がまだ存命だった頃の話だが、それにしても、それまでも繋がりがなかったわけでもない法皇が、分かりやすい行動に出ていたのは間違いない。
 戦、その言葉だけで、眩暈すら覚えそうだ。
「やっぱり、鎌倉は奥州と戦をするつもりなのかな」
「今のところ、その可能性が一番大きいね」
 ヒノエは容赦のないことを言う。だが、誤魔化すように慰められるよりは、ずっといいのかも知れない。曖昧に違うと否定されるよりは、覚悟を決められるというものだ。
 一つ、深く息を吸い込んで、顔を上げる。
「あの人は、私たちを、恨んでいると思う?」
 口にするだけで、ぞっとする。恨む、憎む、そんな感情が人を突き動かすことになる事実も、そして、思い出すことも辛いあの日のことを思えば、息が詰まる。ヒノエは、さて、と今度は誤魔化すように肩を竦める。
 あの人は――源頼朝は、奥州を恨んでいるのだろうか。
 彼の妻たる人には、四年前の戦のときには、茶吉尼天と言う異国の女神が憑いていた。それは、北条政子と言うその人の人格とともに融合し、一つとなっていた。けれども、茶吉尼天は彼女の中から消滅している。神に滅ぼされてなるものか、と以前からその神の存在を滅する力を得ていた泰衡によって消されたのだ。そして、残ったのは北条政子その人本来の姿だけだった。
「戦に自分の妻を差し向けたのは、頼朝自身さ」
 だからこそ、恨むわけがない、とヒノエは言うのだろうか。
「お前たちは鎌倉殿の妻を、丁重に扱っていたんだろ? 牢御所に入れるのは当然のこととして、乱暴働いたわけでもなかった。だが、囚われたままでは鎌倉殿の重荷にしかならぬと、死を選んだのは、北条政子自身。お前たちが和議の後に返そうとしていたことを理解していて、それでもなお、鎌倉に不利な和議がますます不利になることに耐えられなかった。ある意味、武将の妻らしいだろ」
 北条政子の死は、望美によるものでも泰衡によるものでもない。彼女は、自刃した。四年前の春、和議が成る前の話だ。
「それでも、人の気持ちは理性でどうにかなるものじゃないよ」
 望美がそう返すと、そうだね、とヒノエはあっさりと認めた。
「鎌倉殿はそれを割り切る男さ。悲しんでも恨んでも、その感情のために動くわけじゃない。けど、その感情があるからこそ、その気持ちを理性的に利用するってのはあると思うけどね」
 聞いているうちに、ますます恐ろしくなってくる。
 源頼朝は、妻を死に追いやったであろう奥州を憎んでいるとする。けれど、感情だけで動く男ではない。だが、その感情があるために、ますます奥州を考え抜いて攻め滅ぼそうとする。その感情を武器にすることも、彼にはできるのではないだろうか。
「戦が一つ終わっても、まだ本当に終わりじゃないって、分かっていなかったわけじゃないんだけど」
 望美は溜息をつく。本当は、これだけで気分が晴れるような問題ではなかったけれど、息に鬱々とした気持ちを紛れさせて、外に出さなければ耐えられそうもない。
 源氏の神子と言われていた頃は、平家と戦っていた。それが終われば、次は源氏が敵となり、奥州での戦になった。
 望美の背後で静かに控えていた銀が、奥方様、と慰めるように彼女を呼ぶ。うん、と曖昧に返して、また小さな息を吐き出した。
「何にしても、鎌倉殿の動きは、オレたちもよく見ておくけど、お前もお前自身の目で見極めてくれよ」
「――協力してくれるの?」
 ヒノエに思わず問うと、彼はちょっと困ったように笑った。
「お互い、目的は一致してるんだ、そうしない手はないんじゃない?」
 背負うものは、それぞれ異なっている。ともすれば、互いに敵対しなければならないこととて、この先ないとも限らない。しかし、少なくとも今はそうではない。
 うん、と望美が深く頷くと、そうこなくっちゃね、と器用に片目を瞑って見せたヒノエだ。



     ***



 雨乞いの儀が開かれたのは、望美たちが京にやって来てから、四日後のことだった。それは、源頼朝自身が幾人かの御家人を連れて京入りした、二日後のことだ。
 しかし、結局のところ、望美自身は実際の儀式での準備に忙しい身となってしまっていたため――衣裳など後白河法皇が用意してくれていたのだ――、泰衡に命じられたことを実行に移すことはならなかった。ただし、実質の儀式が終わっても、夜には宴のみが開かれることになっていて、これが好機かもしれない。さらに、熊野の「烏」もまた、探りを入れるとヒノエから聞いているため、焦燥感までは抱かなかったが、本来の目的はやはり、舞の披露ではなく、鎌倉の動向を探る点にある。連れて来た郎党らにも、鎌倉武士たちの様子を見るように命じてみたものの、殊更騒ぎ立てるような情報はなかった。
 そのような状況でも、幸いと言うべきか、儀式の朝はよく晴れた。
「鎌倉殿は今のところ、これと言って目立ったことはしてないみたいだぜ。ついでに、こそこそ何かしてるようでもないね」
 宿としている寺を出立する前に、ヒノエから報告を受けた。やはり、熊野の方も、源頼朝の企みなど知ることはできなかったらしい。
「けど、まだ気を引き締めないとね」
「……分かってる」
 戦は好まない。けれど、もしも鎌倉が奥州にそれを仕掛けると言うのならば、受けて立つよりないだろう。そしてそれに敗れることなど、あってはならない。そのためならば、用意周到になる。
 ずっと転戦し、必死に闘って生きていた頃と違うのは、今、自分が守るべきなのは、愛する人だけでなく、愛する人が何より大事にしている全てなのだ。生きているだけでは意味がない。そこに、在るべきものがなければならない。
(私の気持ちだけで、全てを歪めていいわけじゃない)
 時空を越えた、運命を変えた。
 多くのものを失う悲しみに囚われて、そうして生きていた。けれど、もうそれはできない。この手で、人の生き様を変えてはならない。己の未来さえ、変えてはならない。