M.I.S 2
バスを降りると、大通りに面して大きな石のトリイが立っていた。奥のほうは神社があるらしいが、西洋のような星のマークが意外に思える。周辺は特に観光地と言う風情でもなく、ビルやガススタンドと同じ並びに、それは当然のような顔をして立っているのが面白い。アメリカには随分地味な場所で、観光地とも思えないが、中を覗き込むと比較的大勢の人がわらわらとうろついていた。
「何だか随分綺麗になってるね」
「そうなのかい?」
どうやらロシアは前に来たことがあるらしく、アメリカとは違う意味で驚いている。
「ここって日本君ちの昔の魔法使いが、神様になってるんだって」
「魔法使いが神様かい? 変わってるなあ」
「そうだね。ま、日本君ちは今でも神様がいっぱいいるらしいからねえ」
中を見に行きたいような気もしたが、しかし今日の目的は観光ではないのだと思い直して、アメリカは地図を2つ開いた。ロシアの行きたいと言っていた店が、ガイドブックに載っていなかったので、ネットからプリントアウトしたものと突き合せなければいけなかった。
「目的の店は……っと、こっちだね!」
脇からアメリカの手元を覗き込んでいたロシアが、何かに気付いたように眉間を潜めた。
「もしかして僕たち、降りるバス停、間違ってない?」
「ちょっと来過ぎちゃっただけだぞ。歩けばすぐさ!」
「えー、もう、しっかりしてよね」
「だったら自分でちゃんと調べてくるんだぞ! 君が行きたいって言うから探したのに」
「だってルート検索は今回君の番でしょー」
それはそうなのだが、ガイドブックに載っていない店を希望されても困るのだ。ぶつぶつと言い合いながら道なりに歩くと、マークアップしていたコンビニが角に見えて、ほっと胸を撫で下ろす。目的地までは存外近いようだ。
「ここを曲がって、2つ目の通りを更に右、っと」
「こんな細い道であってるのかな」
「だって地図にはそう書いてあるんだぞ!」
不信感を顕にしたロシアに、地図を見せてやる。確かに、と呟くが、まだ疑い深そうにしている。これでは埒が明かない。兎に角行ってみてから考えよう、とアメリカは半ば強引にロシアの手を引っ張って、狭い歩道を歩き出した。
「わ。ちょっと待ってよ、ここ狭いんだから」
「さっさと歩くんだぞ!」
結局1列縦隊になって、ずんずんと歩いて行く。危うく曲がる角を通り過ぎそうになったが、慌てて方向転換し、事なきを得た。
店は直ぐに発見できた。昔の日本でよく見た記憶のある、古い家屋だ。黒い板塀に、黄色い土の塗り壁、更に黒いノレンに、白く染め抜かれた漢字が翻っている。到底店舗には見えないのだが、閉店しているわけではないらしい。二人で恐る恐る戸を開くと、薄暗い中に暇そうな店員が一人いて、愛想よく、しかし控えめに、オコシヤス、と聞いたことのない言葉を発した。
「あれ、日本語なのかい?」
「僕が知るわけないでしょ」
「俺たちよそ者に解らない暗号かもれしないぞ」
「でも彼一人きりだよ? 誰に何を言うの?」
こっそりとロシアに耳打ちすると、ロシアも若干困ったように返事をよこす。ただ、目はもう、ショーケースのお菓子に向いていたから、気にしていないだけかもしれなかった。釣られてショーケースの中を見やると、そこには何だか寂しげな色合いの小さな菓子が、ちまちまと並んでいる。一体これのどこがいいのだろう、とアメリカは首を傾げたが、ロシアはうきうきとした様子で、小さな菓子を眺めていた。
「これが欲しかった菓子かい? 随分地味じゃないか」
「着色料食べてる人には、この良さはわかんないよね」
「どういう意味だよ!」
「そのままだと思うけど。いいから黙ってて」
仕方なく黙っていると、ロシアは赤と橙と黄色が入り混じった、小さなピンポン玉を押さえつけたような菓子と、日本の伝統的な模様の紙が貼られた小箱に、小粒の塊が幾つも入ったものを5箱、買い求めた。塊は良くみれば、キノコや栗の形をしている。
「それ何だい?」
「これはね、ヒガシって言う砂糖菓子だよ。前に日本君に貰ったのが美味しくって。紅茶にあうんだぁ」
「入れ物は可愛らしいな」
「うん、姉さんとベラルーシにお土産にしようかと」
「こっちは?」
「えーっとね、多分ネリキリかな。お花の形もあるんだけど、今日は葉っぱなんだってー」
「葉っぱ? それにしては丸いじゃないか」
「色が枯れた葉っぱなんだって」
「枯れ葉を菓子にするのかい? わかんないなあ」
「でも食べたら美味しいよ。まあ今晩、食べる時を楽しみにしててよ」
言い合うアメリカとロシアを、店員は全く気にした風もなくマイペースに菓子を包み、求められた領収書を切ると、にこやかに二人を見送ってくれた。
店を出ると、ロシアがふと振り返り、凄いねえと呟く。
「僕たち相当不審だと思うけど、全く動じなかったね、あの店員さん」
「流石忍者の国なだけあるな」
店の中の店員は、もうそ知らぬ顔でのんびりとショーケースの奥に座っていた。そのすました、感情の読み取り難い顔は、少し日本に似ているような気がした。
次はどこ行くんだっけ、とロシアが首を傾げた。
「次もちょっと歩くぞ!」
「もう、君のルートって何でいつも歩きばっかりなの?」
「別にわざとやってるんじゃないんだが」
「もー、夕方の集合に間に合わなかったら、君のせいだからね」
そこまで遅くはならないと思うが、ご機嫌斜めながらロシアが歩き出したので、慌ててその後に続いた。さっきのコンビニまで戻ると、今度は広い道路を横断する。そのままずんずんとまっすぐ歩いていくのだが、今回はなかなか目的地に到着しない。どんどんロシアが不機嫌になって行くので、酷く気詰まりを感じる。
愈々限界、と思った頃にやっと、目先が広がった。目標にしていたもう一本の大通りに出たのだ。
「あれ、ここって」
「昔の日本の上司の家だぞ!」
道路の向こう側には、石垣と、鬱蒼と茂った木々が枝を張っている。金色に色づいた葉が西日に当たって、輝くようだった。表情を綻ばせたロシアに、ほっとアメリカも安堵する。ここまでくれば、後はもう少しだ。左に曲がって歩くと、直ぐに目的の店が見えてきた。