水谷文貴の体操16歳
よくわからないことを二人でするのは難しい。組体操と柔軟体操を変なリズムでやってるみたいだった。正直痛いわ苦しいわですぐにでもやめてほしかったんだけど、オレが苦痛に顔を歪めると、その都度栄口が「大丈夫?」とか「やめようか?」と問いかけてきて、そうなると「もう抜いて死にそう」とは言えなかった。ほとんど見栄と面子で耐えていた。
もっと大変だったのはその日の夜だった。目を閉じると今日立て続けに自分へ降りかかってきたいろんなことを思い出して、とても寝るどころじゃなかった。まずベッドがアレだ。床ですればよかったんだろうか……でも根本的な解決になってないか。
とにかく明日も朝練はあるし、目を閉じればきっと眠くなるはずと、暗闇の中へ無理矢理に意識を投じようとする。そしたら最中、栄口がずっと握ってくれていた手の感触がまざまざと蘇って来てしまったのだ。風呂上りで手が少し湿っていたのもあるのかもしれない。汗をかいたお互いの手のひら、強く絡んだ指は軽く握るとぎゅっと握り返してくれた。
オレは栄口としてしまったのだった。あの手でいろんなところを触られてしまったのだった。寝られるわけない。
結局一睡もできず部屋が明るくなって朝の到来を知った。徹夜明けの、宙に浮いているような感じがする身体でふわふわと朝練へ行った。大丈夫かなって思ってたけどなんだ意外とこなせるじゃん、とたかをくくっていたのも束の間、監督の話を聞いているとき急激な睡魔に襲われ、オレは直立不動で寝そうになってしまった。
そのあとは覚えていない。なぜなら次に起きたら保健室のベッドの上にいたからだ。なんか腹減ったなぁと意識をゆるゆると戻したら、消毒液の匂いがかすかに鼻へ通った。
「あら? 起きた? 水谷君、朝練中に倒れて野球部のみんなが運んでくれたのよ〜」
なるほど、だから着ているものがユニフォームのままなわけだ。ベッドの下にはあいつらが置いていってくれたと思わしきオレのバッグがあった。
「……今何時間目っすか?」
「もう少しで三時間目の終わりのチャイムが鳴るわ」
保健室のおばさんが次の時間出れるかどうか聞いてきたので、出ます、と答えた。ここにいたら早弁もできないだろうと判断し、手早くユニフォームを着替え始めた。しかし三時間目までぶっ通しで寝ちゃうとは、オレ意外と疲れてたんだな。
「そうそう、一時間目と二時間目の休み時間に同じ男の子が様子を見に来てたわよ」
「え」
「どうなんですかって聞かれたから、ただの寝不足よって答えておいたから」
「えー……」
絶対ぜったい栄口だ。そして事の真相をただの寝不足と知ったから絶対ぜったい怒ってる。どうしよう、会いたくない。けどこれ以上保健室に留まる理由もなく、オレは栄口にする言い訳を悶々と考えながらアンダーシャツを脱いだ。
作品名:水谷文貴の体操16歳 作家名:さはら