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水谷文貴の体操16歳

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 いいアイデアが浮かばないうちにチャイムは鳴り響き、どうしようどうしようと憂鬱げに戸を引いたら、ジャージ姿の栄口とばったり出くわしてしまった。ということは一組は前の時間体育だったのかな、栄口の息が少し上がっている。
 栄口はオレを見るなり、何も言わずくるりと踵を返して歩き出した。背中からでもじわじわと怒気が溢れ出しているようでなんともおっかない。控えめに後をつけていたら急にその足をピタリと止め、オレはなんだかそうしなければいけないようで、栄口の背中へとぼとぼ追いついた。
「もう別れる」
 休み時間でも人気の無い保健室前の廊下へ、にわかに信じられないような言葉が響く。
「やだ!」
 反射的に言ってしまった。「なんで」も「どうして」も置き去りにして、とにかく否定したかった。オレの大声が廊下の奥のほうまで虚しく反響し、その余韻が聞こえなくなったあたりで、目の前の栄口はその場へすとんとしゃがみ込んだ。
「オレもう心配したくない」
「は?」
「すっごい心配した、あんなのもうやだ」
「べ、別にただの寝不足じゃん、気にすんなよ」
 栄口がこんなに思い詰めている姿を初めて見たので、えらく動揺してしまった。同じように隣へしゃがんで目線を一緒の高さにしてみるのだが、オレの抱えてる不安と栄口のそれは、危機感の度合いが違うように思えた。
「もう心配かけないからー……」
 できもしないことを軽く言ってのけたら栄口は瞬時に「無理」と返してきた。
「水谷は知んないと思うけどオレは毎日毎日心配なんだ。馬鹿みたいに、気持ち悪いくらい水谷のことばっか考えてる」
「だったら別れる必要ないじゃん」
「朝どれだけオレが心配したかわかってんのかよ。お前、ばたんって倒れて、ずっと目覚まさなかったんだぞ」
「ぶぶぶ、何それ、オレそんなおもろい倒れ方したんだ」
 栄口の目が「ぶっ殺すぞ」みたいな感じで凄んでいたので、オレは「ひぃぃ」と小さくなりながら配慮の無い失言を悔やんだ。
「す、すいません……」
「昨日やんなきゃよかった」
 すっと立ち上がり遠くを見る、その目はひどく悲しそうだった。
「オレは水谷を大事にしたいだけなのに……馬鹿みたいだ」
 そうだよなぁ、と思う。栄口は付き合い始めてからずっとそういうスタンスだった。その大事にしたいものが自らふらりふらりと危険へ飛び込んで行っては心が持たないだろう。
 床にまっすぐ下ろすその脚へ、丸まった身体をもたれてみる。オレの重みを受け止めてくれる栄口の強さと弱さを今まで気づかないでいた。
「もうなるべく無理とかしないからさ、別れるのはやめようよ〜」
「水谷のそういうのって全然信用できない」
「うっわー、超怒ってね?」
「悪いかよ」
「じゃあ自分の体調管理は、ちゃんとします」
「……わかればいいよ」
 なるほどそういうことなのか、と合点がいった。オレはこの出来事をもっと重く受け止めるべきなのだろう。わがまま言っても、一方的に喧嘩を始めても、気丈に構えていた栄口がいきなり『別れる』とまで決心してしまったのだ。
「持つ」
 肩へだらしなく引っ掛けていたバッグは栄口が半ば強引に持ってくれた。そんな女の子に対するみたいな扱い、してもらっても全然うれしくないんですけど、っつーかむかつく。
「水谷はまず自分のことをなんとかしろ」
「へいへい」
「他の全部からオレが」
 守るから、なんて普段の栄口なら絶対言わない台詞だよなぁ。あまりの衝撃に二度返事もできなかった。怒りにまかせるといつも言わないようなことも言うようになるのか……。
 いやでもちょっとキュンときて、ちょっとかっこいいって思ってしまったとは絶対言わない。言ってやらない。

作品名:水谷文貴の体操16歳 作家名:さはら