水谷文貴の体操16歳
だからといってオレと栄口がやる前より超ラブラブになったりはしなかった。なんとなく予想はしていた。だって栄口はあんな性格だ、変なところで頑固だし、変なところでオレに甘い。そういう人は肉体関係を持ったくらいで安易に態度を変えたりしない気がする。
というか体調を心配されるのが異様にむかつく。別にどこもなんともないんだから、たかが入れた出したで心配される必要はない。オレだって何にも考えずに「ハイいいですよ」と身を投げたわけじゃないこと、栄口もわかってくれているのかな。いや、あの栄口がわからないはずないと思う。
それなのに不安はまた満ちてくる。オレもまた何も変わらなかった。
最中はすべて忘れてしまうのだけど、終わるとまた不安になる。オレが得たのは餌を乞う手段だけだった。あっという間に食べつくして、すぐにまたお腹が空いてしまう。こんなこと覚えなければよかったかもしれない。自制が緩いオレは何かを確かめるために、どうしても目に見えるわかりやすい手段に頼ってしまう。
『真面目な栄口は嫌いなやつとこんなことしない』
そんなことを考えるときの自分はとても空っぽだった。そしてそれはまるでテーマソングのようにオレの頭上にずっと流れていた。
もうこれ以上何を欲しがるというのだろう。付き合ってもらった、手を繋いでもらった、キスしてもらった、身体を重ねてもらった、あとは、……このあとには何も無い。こんなに与えてもらったのに自分はまだ足りない。
バカのひとつ覚えで「しよー」だの「やろー」だの繰り返すオレへ、栄口は「じゃあ水谷がすれば」と身を呈してくれたこともあった。でもなぜだかそれは自分が求めているものとは違う気がして、丁重にお断りした。
もしかしたらオレはマゾなのかもしれない。いや、そんな簡単に分類してしまうのは間違いだろう。
きっとオレはひどく病んでしまっているのだ。
栄口はどうかというと、今日と明日の出来事を思い起こし、オレの身体へ負担がかからないようだったらしてくれる。だから打率はだいたい三割くらい。あとの七割は無碍に断られる。
そういえばあの日「別れる」って言われたとき、交換条件に突きつけられたのが自分の体調管理だったはずだ。今はそれをも栄口へ丸投げして、中身の無いオレは前よりふらふらしている。栄口だってオレが約束を反故していることに気づかないはず無いと思うのに、決して「別れる」とは口に出さない。
多分そういうことなんだろう。
作品名:水谷文貴の体操16歳 作家名:さはら