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水谷文貴の体操16歳

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「水谷さ、何でオレの顔見るの」
「え、何が?」
「さっきずっと見てただろ」
「栄口出すときの顔えろいなーって見てた」
「趣味悪い……」
「あれさぁ、歯食いしばってんの?」
 思いっきり顔をしかめて不快感を表されてしまった。なおもへらへらと笑うオレへ、栄口が早く下を着ろと急かす。栄口はもうシャツのボタンもきっちりかっていたし、ベルトのバックルも元の位置に戻っていた。多分家に人がいるからなんだろうけどなんともすばやい。今のオレは腕を一センチ上げるのも億劫だ。
「あ〜だっる〜……」
 蹴飛ばした服を緩慢な動きで引き寄せたら、栄口はそんなオレを何か諦めきったような表情で見ていた。
「時々思う」
「ん?」
「こんなの水谷を大事にしてないって」
 こんなの、ってさっきまでしてたこれか。オレとしては別にいいんだけど栄口的にはやっぱり思わしくない行為なんだろうなぁ。いや、もっとオレが自分を大事にすればいいだけの話なのかもしれないけど。
「でももうしないって言えないんだ……オレは弱い」
 栄口があまりにも深いところからため息をつくので、なんだかすごくびっくりしてしまった。え、何、そんなこと気にしてんの、という軽口を易々と叩けない雰囲気が漂う。
「でもオレも栄口にしてもらうと不安じゃなくなるから、なるべくしてほしい」
「水谷まだ不安とか言ってんの」
 顔を上げた栄口はオレを咎めるような視線を当ててきた。「まだ」とはなんだ「まだ」とは。オレはやってるとき以外四六時中不安だっつの。
「こういうことするようになったから、てっきり水谷の不安は無くなったと思ってた」
「はぁ〜? オレはずっと不安なんですけど。不安じゃないときがないくらい不安だよ」
「ええっ、マジで」
「栄口がオレを捨てたらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか、そんなことばっかりぐるぐる回ってる」
「そんなの水谷だけじゃなくオレだってそうだよ」
「……そうなの?」
「そうだよ」
「……やっぱ男同士ってのが重過ぎるのかなぁ、オレらに」
「オレはそういうののせいにしたくない」
 声色につられて隣を見たらやっぱり栄口は静かに怒っていた。付き合わなかったらこんなふうに栄口を悩ませも怒らせもしなかっただろう。でも付き合う前は確かにこういう関係を夢見ていた。そうなったらどれだけいいだろうと毎日のように思っていたはずだ。
「栄口怒った?」
「別に怒ってなんかない」
「ほら怒ってんじゃん……」
「怒ってないって言ってんだろ」
 結局そのあとは怒気の混じった生返事しか返ってこなかった。
 好きが伝わらなさすぎる。相手へも、また、自分へも。

作品名:水谷文貴の体操16歳 作家名:さはら