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月に恋焦がれ

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流れた涙はいくつも床に落ちて。そんな俺の頬を着物で乱暴に拭ってくるけどいくつもいくつも落ちてくる。堪えていたものが全部流れていって落ちていく。初めてここに来てから泣きたいって思えたから。
「俺も出れるかな」
「分からないけど、いつか出れるよ」
「そっか」
「だから泣くなよ、これやるから」
着物から取り出されたのは小さい何か。口に含むと甘く溶けていってしまう。初めて食べた美味しいものに泣いていたことを忘れそうになった。
「客に貰ったんだ、内緒だからな?」
「うん」
口で転がしながら月を眺める。きっとこれから嫌なことも泣きたいこともあるだろう。でも月は変わらないように嫌なことも変わらない。じゃあどうすべきか?答えは一つ、俺が変わればいいだけだ。
「ありがとう」
「……」
真っ赤になって俺から離れてしまうのを追いかける。真っ赤になった彼は俺から力いっぱい逃げてくれるからそれを追いかけた。
「ありがとうって言ってるのに」
「いいからっ、いいっ」
逃げて逃げて迷い込んだ先は布団が積んである部屋。じゃれて走って疲れたせいで布団の中に潜り込んだ。
「見込み違いだったかな。あんなに雑とはな」
「まだ一日目ですよ。これからです」
茶を入れながら四木が若旦那を宥める。静雄と喧嘩をした、というのは既に廓中が知ることとなり、皆に笑われたり失笑を買ったのだ。
「じゃじゃ馬ほど可愛いっていうからな」
「どうですかね。私よりかは可愛げがあるでしょう」
「そうだな。少なくとも俺を睨まなかっただけまだあの餓鬼のがマシか」
過去を思い出して笑う若旦那に苦笑いを浮かべた。男の遊女など仕立てたのは二人目だ。前のも可愛げがなかったのに売れっ妓になったのが不思議なくらいだが、暴れ馬のほうが追いかけたくなるのだろうか?だから男という生き物は単純なのかもしれない。
「四木の旦那、いますか?」
「はいはい」
立ち上がって部屋を出る四木。そんなじゃじゃ馬に惚れこんだ馬鹿もいると知っている。若旦那は笑みを浮かべて閉まった襖の向こうを思った。
「旦那、今日入った子供ですけどね」
「どうしました?」
「何故か布団部屋で寝てましてね、静雄と一緒に」
笑う男に溜め息が出た。どうして次から次へと問題を起こすのだろうか。見つかれば折檻されても文句は言えないことをしているというのに。
「……」
「部屋に寝かせておきましたよ。若旦那に報告します?」
「いや、今日だけは見逃しておきます」
仕方はないか、と怒るつもりは無かった。来たばかりで何も知らない子供なのだ。すぐに分かるようになる。ここがどういう場所とかどうすべきとかは全部。
「ま、あれはきっとうちの看板になれるよ」
「さぁそれはどうか分かりませんけどね。度胸はあるみたいですけど」
「なんで分かるの?」
「折檻すると聞きながら部屋を抜け出す根性ですかね」
怖い怖い、と笑う男。大人しく従うような子供じゃない、だからこそ今から楽しみだ、と笑ったら何笑ってるんですか?と首を傾げられた。

太陽が差し込む部屋。いつの間に寝てたのだろう?隣には静雄はいなくて同部屋の女の子が寝てるだけ。起きて布団を畳んで髪を結った。大丈夫、もう大丈夫。鏡の前の自分に言い聞かせる。
「男のくせにね、ここに来るなんて」
「恥知らず」
こそこそ話す声が漏れる。溜め息と一緒に笑い声が漏れたのが案外大きかったのかこっちを見た。そんな彼女たちにとっておきの言葉をあげよう。
「ねぇ、そんな風に言わずに堂々と言いなよ。俺は怒らないからさ」
「は……」
「ま、俺は君たちみたいなのは相手にはしないけど。男だなんだ下を見てたら上には行けないよ?」
「何がさ、男の癖に」
眉を釣り上げる彼女たちに笑顔を向ける。強くなるって決めたんだ、きっと登り詰めてみせるよ?そして饅頭を食べに行こう。
「ごめんね、でも負けないから」

甘楽、として始まった毎日。禿として紅い着物に身を包んで髪を伸ばして。周りが男の癖に、という言葉を吐くたびに負けるかという気持ちになる。こっそり泣いた晩もあるけどそれを誰にも見せたくはなかった。
「引っ込みになるなんてね、すごいじゃないか」
「はい、姉さんのおかげです」
「口が上手くなったもんだ」
禿になって姉さん女郎に付いて勉強して四木さんの部屋で勉強して。姉女郎は口は悪いけど面倒は見てくれた。将来稼がせるために教養をつけさせる、というのは分かるけどどうしても勉強が嫌で逃げ出してそのたびに静かに怒る四木さんに恐怖を感じたものだ。
「甘楽、この字間違えてる」
「難しいですよ」
 茶に華道に舞に手紙の書き方に…四木さんは博識だなと思っていたけど、それを口にしたら笑われた。何がおかしいのか?と聞けば四木さんは微笑んだ。
「私もここの出身ですしね」
「四木さんも遊女だったんですか?」
「昔の話ですよ」
 後で赤林さんに聞けば、お職を張るような人だったらしい。どうりでこの街について詳しかったり博識なわけだ、と納得はできた。見ていても振る舞いも優雅だし見惚れる人もいる…それは一人だけしかいないけど。
「この街に来て良かったですか?」
「それは未だに分からないですけどね」
 この質問はいつもこう返される。幸せですか?と聞こうとしてやめた。聞いてどうするのか?俺が今幸せか?と聞かれて困るのと同じだから。

「甘楽、また喧嘩したな?」
「だってシズちゃんが……」
「とんだじゃじゃ馬だ」
 相変わらず苦言は多かったけどそれなりに優しくはしてくれた。シズちゃんと喧嘩する俺を呆れながらも会うなとは言わなかったから。シズちゃんとは喧嘩しながらもなんだかんだで話はしていた。

禿の頃はそれなりに楽しかった。なんだかんだで笑ってはいられたから。
「水揚げ?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。突出しも姉さんがしてくれてそれなりに盛大に出来た。新造になるということはいつか客を取る。それは分かってた。引込新造ということは稼ぎ頭にならないといけないのだから。
「相手は九十九屋の若旦那です。それなりに裕福な人だからきっと幸せにしてくれる」
「…はい」
 九十九屋さんは何回か座敷で見たことがある。普通の人なのに金持ちで姉さんたちが裲襠を作ってもらったとか嬉しそうに話していたから。特定の馴染みはいなかったのに、どうして俺を馴染みにしようと思ったのか。色んな人から水揚げの話はあったらしいけど、一番羽振りのいい九十九屋さんに決めたらしい。
「お前を見て面白いと思ったそうですよ。とにかく、失礼のないように」
「分かりました」
 頭を下げて楼主の部屋から出る。水揚げということは抱かれる。もう話が付いてるなら次に来たら床入りということになるのだろう。
「甘楽」
「四木さん」
「水揚げだそうだな」
 頷くと、四木さんに手を引かれる。四木さんの部屋に連れて行かれて座らされた。四木さんが長持の中から取り出して来たのは黒い着物。花の模様が入って金の刺繍が入って豪華な着物だ。金糸で作られた帯も渡されたけど、長持の中に入ってたのに埃もなく糸の縺れも虫食いもない大事にされている着物。これは四木さんの大事なものだと俺にだって分かる。
「これを着なさい」
「こんな高そうな……」
作品名:月に恋焦がれ 作家名:もみじ