学園小話3
風景
あぜ道を裸足の子供たちが駆けて行く。その向こうで農作業に励む大人たち。
どこにでもある村の風景なのに、それはひどく懐かしく尊く思える。
はしゃいでいた子供たちの、先頭を走る小僧が小さな声を上げて転ぶ。てんてんと転がるのは、古ぼけた鞠。それを追いかけ、子供たちはさらに走る。
「……平和だな」
笠の下で目を細める。それはあまりにまばゆい光景。
山をふたつ超え、みっつ超え、それだけで変わりゆく景色。争いの火種はどこにでも転がっているけれど、それは所詮局地的なものでしかないし、貴族や武士たちの都合だけなのだ。村人たちには何の関係もない。
隣を歩く喜八郎は何かもの言いたげな顔をして、しかし何も言わずに歩いていく。
口を開けばどうせ「平和ボケ?」とか「もう隠居したいの?」とか、そんな言葉が出てくるに違いない。それぐらいはわかる程度に、付き合いは長いのだ。
そんな男が急に腰を折ったかと思うと何かを拾い上げ、ほら、と手を突き出してくる。
顔に似合わず汚い指先が持つものといえば、薄紫の花弁をもった小さな花。
「……蓮華か」
「好きでしょ、こういうの」
受け取れば、暗に物好きめと揶揄する言葉。その通りなので、軽く鼻を鳴らしてみせる。
青い空に、子供たちの声が響く。その中で、蓮華草をクルクルクと回して思いを馳せる。
数年前までは、自分たちの日常でもあった風景。
「また変なことを考えてる」
軽く頭を小突かれて、そうではないと頭を振る。
「……ようやく、生き返ったと、実感しているんだ」
生きていれば、我慢することも必要だし、枠組みの中に入ればそれに従うべき義務だって心得ている。
ただ、それでも平家の中では息をするのが苦しかった。
そんな場所で生きることに、この物好きは付き合ってくれた。これを友誼といわずになんと呼ぶ?
呆れたように、つまらなさげに、でも少しだけ嬉しそうに、喜八郎もまた鼻を鳴らす。
「さあ、どこに行こうか」
「どこにでも? お前が行きたい場所に行けばいい」
いつものように、人任せな返答。たったひとつの約束を律儀に守る友に苦笑がこぼれる。
――共に歩いてやる。
忍術学園の六年時、こともなげに言ってのけたその言葉。
それにどれほど救われたか、そして今も救われ続けているのを、喜八郎はどれぐらい知っているのだろうか。
聞いたところで素直に答える友ではないが。
「そうだな。タカ丸さんに会いたいな」
「三木ヱ門は?」
「………………、考えておこう」
もはや従うべき場所はない。自由気ままに生きていけばよい現実は、いまだ少し重い。
ただ、隣を歩く友の影は変わることのない長さで、傍にある。
あぜ道の横を流れる小さな川に、手にした蓮華草を落とせば、きらきらと光る水面の中を流れていく。
それを少しだけ見守って、前を向く。
「あとは、先輩方の城をまわるか。路銀が尽きる前に仕事を貰わなければな」
「そうだね」
またも甲高い声が、空に響く。駆ける子供たちが、歩く二人を追い越していく。
春の風が、今は優しく靡いていた。