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学園小話3

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雪の中



「…死にたいのか?」
 心底呆れたと出るため息は、唇から離れた瞬間から白く濁る。
 雪溜まりの中、大の字になって寝転がる級友は、天才トラパーと名を馳せる才を持ちながら、その実、頭の中はぐちゃぐちゃときている。
 雪深いところで寝転がってなにをしているのか。今更、雪が楽しくて仕方ないような歳でもなかろう。

 冬になれば、忍術学園も雪に閉ざされる。
 今年は雪も多くて、無茶で知られる体育委員会ですら危険だからと裏山以降に行くことはない。そんな状況だから、身体を動かしたりない忍たまが多くて、なにかと学園内は騒がしい。
 もちろん穴掘り小僧だって例外ではない。穴の替わりに雪かき要員として駆り出されているが、本人的には不満らしい。だからといって、雪に埋もれるという選択になぜなるのか。

 理解できないと、またため息を吐く。
 白く濁る吐息は美しいという人もいるが、見苦しいものだ。

「いい加減に起きないか」
 深夜まで戻ってこない同室者はいつものこと。普段なら放置するのはお互い様。だが、珍しく胸が騒いで出てこれば、これか。
 呆れを隠すこともなく言葉を投げつけるが、こちらを見上げてくる瞳は、さしたる感情も浮かべることはない。
「起こして」
 淡々としたリクエスト。それにまた濁った息を吐き出す。
「ふざけるな」
 あっという間にかじかんだ指先を、自分以外のためになぜ使わなければならないのか。だから代わりとばかりに、もってきた半纏を投げつける。

 無用心だが、部屋の火鉢は火を起こしたままにしてある。早く部屋に戻り、湯を沸かして温りたい。
 忍者のたまごだからといって、雪の中に埋もれる訓練などしたいなんて、滝夜叉丸はいつ度も思ったことはない。だが、同室者がそれをするというならば、こちらの知ったことではない。半纏を投げた段階で、義理は果たした。


 踵を返せば、背後で雪を踏む音がする。さすがに起き出したらしい。
 振り返りもせず歩けば、鈍い音が追いかけてくる。

「……寒いな」
 誰ともなく呟けば、そうだね、と声が返ってくる。
 だったらなぜあんな馬鹿なことをしていたのか。理解できないとまた出るため息は、濁り醜いものだった。




「温い」
 障子戸を閉めれば、喜八郎はほぅと息をついて火鉢に寄り添う。全身、濡らしていたのだから当たり前だ。
「着替えたらどうなのだ」
 湯が沸かせぬから退けといえば、不満げな瞳がこちらを捉える。
「…自分で濡れたのだ、文句を言うな。それに火も私が起こしていたんだぞ」
 だから退けと足蹴にすれば、ようやく喜八郎は己の濡れた装束を脱ぎ捨てる。
 風呂に行けばいいのだろうが、とっくに火は落ちている。この季節に、理由もなく薪を消費するわけにはいかない。
 衣擦れの音と、炭のはぜる音とが、しんとした室内にこもる。降り積もる雪は、いつもの喧騒を消し去ってしまうから、
少し物悲しい。
「滝夜叉丸」
 濡れた忍服を吊るし、寝着姿の男が近づいてくる。なんだと顔を上げれば、ついと寄り添う。高くない体温が、布越し
に伝わってくる。
「寒い」
「自業自得だ。この雪の中で寝転がるなど、凍死したいも同然ではないか。大体……ッ!」
 人の体温を奪う男に、説教口調になるのは仕方のないこと。だが、その手が袂の中に忍び込んでは、続けるものも続けられない。
 背筋が粟立って、悲鳴が出る。
「なにをするっ! 離せっ!!」
「寒いんだよ」
「馬鹿者! 自分の肌で温めろっ」
「冷たいから嫌だよ」
「私とて嫌にきまって……手を動かすなっ!!」
 肌に触れる冷たい、まるで氷のような掌。それが触れるたびに、全身が粟立つ。わざわざ探しに出てやった恩をあだで返すとは、何たる男だ!!

 いいから離れろと蹴りを繰り出せば、仕方なしとばかりに手は離れる。代わりに己の頬に触れているが、温かくないのか、小首をかしげている。
「……やっぱり滝夜叉丸のほうが温かい」
「当たり前だ。お前はどれだけ雪に埋もれていた」
 火鉢にあたれと指差せば、向かいに座るではなく、また人に寄り添ってくる。
 ため息ひとつついて好きにさせ、火鉢にかけた鉄瓶から湯飲みに白湯を注ぐ。それを渡して、こちらも己の湯飲みを手に取る。
 黙り込めば、炭がくすぶる音しかしない。物静か過ぎるが、忍術学園の冬はいつもこうだ。たまに、どこからともなく破裂音が聞こえたりするけれど。
 人心地ついたのか、ほぅ、と隣の男の身体が震える。

「綺麗だったんだよ」
 自分でもう一杯、白湯を注いでそれをくるくる掌でまわす。
「雪が、とても綺麗で」
「……それで埋もれていたのか。そんな歳でもあるまいに」
「僕だって、たまには童心に返るよ。それに……」
 大きな目が、こちらを向いて笑みに染まる。
「お前に似ている。ちょっとだけね」
 こういうときの喜八郎は、意味を問うても応えない。こいつの考えは滅多にわからないし、わかったところでため息が出るパターンが多い。
 そうかと流せば、そうだよと応える。
 少し温もった手が頬に触れても、今度は悲鳴は出なかった。


作品名:学園小話3 作家名:架白ぐら