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ノースキャロライナ

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 同じく西浦に受かった連中から高校の教科書を買いに行こう、という連絡が来たので、水谷もだらだらとした春休みのテンションで同行することにした。マチダへ遊ぼうと提案したら断られた日だったから、暇潰しとやらなければいけないことを片付けられる、正に一石二鳥じゃないかと目論んでいた。
 ところが指定された書籍を実際買い揃えてみるととんでもない重さになった。辞書三つがいけないんだろう、書店で貰ったビニール袋が本の重みで嫌な感じに伸びている。そしてこの量、この厚さ、この重さの教科書でこれから勉強しなければいけないと思うと水谷はどうにも気が滅入るのだった。
 それは他の連中も一緒らしく、行きとは裏腹に帰りはみんな無口だった。ただ単に重い物を持っているからかもしれないが。
 そんなとき仲間内の一人が知っている人物を見つけたらしく一度歩みを止めた。
「あ、マチダだ」
 その視線の先には確かにマチダがいた。ついでにその横には水谷が何度も見続け、思いを寄せた相手もいた。でもどうして二人が親密そうに手を繋いでいるのかわからない。
「あの二人は高校行っても続きそうだよな」
「マチダがベタ惚れだしなぁ」
 あははは、とわき上がった笑い声に参加できない自分がいた。
「え、あの二人、付き合ってんの?」
 声が震えないようにするのがやっとな水谷へ、仲間たちは何を今更という顔で語る。
「お前同じクラスなのに知らないの?」
「B組のほとんど公認カップルじゃん」
「オレは水谷が知ってなかったほうが不思議だね」
 今の今まで知らなかった。感付きもしなかった。だってマチダはオレが誰を好きか知っていて、いつもオレの相談に乗ってくれていたはずだ。
「あの話知ってるか?」
「ああ、一緒の高校行きたいからマチダが志望校一ランク下げたんだよな」
「二人とも受かって良かったよなー」
「オレには真似できないけど」
「まず相手がいねーし」
 軽快な笑い声へ割り入り、バサバサと何かが落ちる音がした。水谷の持っていたビニール袋の柄がちぎれ、教科書が路上へ散乱したのだった。
「おい、大丈夫か?」
 使う前から早くも汚れてしまった教科書を拾い、友達が水谷へ差し出す。大丈夫大丈夫、と水谷は繰り返したが本当は全然大丈夫じゃなかった。教科書は別にいい。文字が読めればそれでいい。でも、オレは何も知らなかった。
 皆と別れ、水谷は家までの道をふらふら歩いた。なんとなく出すのが億劫で、自転車で来なかったことを後悔したが、この量の教科書がすべてカゴへ収まるとは考えにくい。どのみち無理だった。両手で抱え込むように持ちつつ、上の本が落ちないようにバランスを取った。それにしても重い。だんだん腕が痺れてきた。
 みんなは知っていた、オレは知らなかった、ただそれだけのこと。みんなは気づいていた、オレは気づかなかった。マチダは言わなかった、いや、言えなかったのかもしれない。水谷がどれだけあの子を好きだとわかっていたのなら、言えるはずなどないだろう。
 でも正直に告げて欲しかったと思うのは自分の傲慢なのだろうか。少し時間がかかる気がするけど、いつか心から祝福できるようになれる日だって来るはずだ。
 しかしマチダはそんなふうに自分を捉えていなかったのかもしれない。もしかしたら怒り狂った水谷から「裏切り者」と罵倒されることを恐れ、教えてくれなかったのだろうか。それは悲しいけれど、あの子のことを話す自分は少し情緒不安定なところがあったから、そう思われたとしても仕方ない。
 どれも正しいとは断言できない憶測が取りとめなく浮かぶと、次第にどす黒い疑念が塊となって頭の中を支配しだす。
 なんてことはない、マチダは天秤にかけて、オレよりあの子を取っただけなのだ。空気の読めない水谷は馬鹿だと影で笑っていたのかもしれない。一挙一動を吊るし上げ、気狂いピエロがいびつに振舞う様子をあの子と二人で他人事のように見ていたに違いない。
 マチダはそんなことする奴じゃない、と言い切れない自分が悲しい。本人に直接聞けばいいが、本人が言わないことを問いただす勇気を水谷は持ち合わせていなかった。そしてなにより、本人から聞かされればもっと自分が惨めになるだろう。
「マチダ、あいつと付き合ってるって本当?」
 マチダの出す答えは何なのか。真実か、それともまた偽りか。どちらにせよ水谷にはこれ以上傷つくことは耐えられなかった。
 腕に重しを持ちながら家まで辿る道は昼間なのに先が暗い。それは瞼が半分しか開いていないからだと気づいたのはずいぶん後になってからだった。
 このままでは自分が壊れてしまいそうで、それを防ぐには早く思考を停止させたくて、水谷は頭の中で同じ言葉を呪文のように繰り返した。

 もう好きな人なんていらない。
 もう友達なんていらない。

作品名:ノースキャロライナ 作家名:さはら