ノースキャロライナ
花井が心配するのも無理はない、あの日を境に自分と水谷の関係は異様なものへと変化していた。水谷は意図的に栄口を避け、栄口もそんな相手へ無視を通す。毎日同じ時間を過ごす部員たちだって不審に思うに違いなかった。
でも、どうすればいい。
自分を嫌っている相手と接する術を栄口は身に付けていなかった。何食わぬ顔でへらへらと声をかければいいのだろうか。そんなの絶対無理だ。水谷はますます嫌悪感を持ち、その様子を見てオレはまた希望を失う。いいことなんて何もない。
もう、放って置いて欲しい。失恋したんだから四十九日くらいは勝手に喪に服したっていいじゃないか。今の自分に必要なのは時間だと栄口は考える。時が経てば水谷の姿が視界に入るだけで辛いなんて思わなくなる。男を好きになるなんて気の迷いから目が覚め、普通に女の子を好きになれる。多分、おそらく。
そういう自分を一応イメージすることはできるのだ。でも今は遠い。遠すぎて霞んでしまうくらいだ。死ぬための毎日を生きている自分にはそんな日の到来はずっと来ないようにも思える。
しかし『二人に仲直りして欲しい』だなんて小学生の学級会か。いわゆる部内の自浄作用ってやつが働いた結果がこの提案なのかもしれない。花井もキャプテンとはいえ損な役回りを与えられてばかりだな。栄口はその不憫そうな坊主頭に同情した。
水谷はここにいない。とりあえず引き受けておいてあとで口裏を合わせることもできる。一方的にメールか何かで事の顛末を伝えれば十分だろう。水谷も自分も嫌な思いをせずに済み、花井の面子も立つ。
栄口の頭の中へそんなずる賢い案が浮かび、ならばぐずぐずしている必要はないとその書類へ手を伸ばそうとしたときだった。
「行けばいいんだろ」
胸を打つその声が教室内へ響く。戸口へ目を向けると佇む水谷と目が合った。が、ずいぶん露骨に逸らしてくれた。花井と栄口が呆然とするなか、水谷は自分の席へ赴き、カバンの中へ乱暴に教科書類を入れ、荒っぽくその口を閉じ、首へマフラーをぐるりと巻いた。「外で待ってる」とほとんど独り言と例えてもいいくらいの態度で捨て台詞を吐き、嵐のように出て行った。
「……まぁ、ぼちぼち、がんばって」
がんばって、って、今の水谷の態度を踏まえた上で言うのだろうか。
力なく告げた花井から書類を受け取って栄口が七組から出ると、壁へ背を預けて確かに水谷がいた。耳からイヤホンのコードを垂らし、うつむくその姿は極力外界からの情報をシャットアウトしたいように見受けられる。別にそんなに無理をして同行しなくてもいいのに。水谷の無理を目にするたび自分が嫌われていることを実感して気が滅入る。