ノースキャロライナ
気配を感じ取った水谷がこちらを向く。もう涙は止まったようだが少し瞼が赤い。その隣へ座り、トレイから自分の飲み物を取ったら不服の声が上がる。
「なんで栄口がコーヒーでオレがココアなんだよ」
「好きだと思ってた」
「……」
「あとクッキーも買ってみた」
水谷は何も言わなくなり、不機嫌にマグカップへスプーンを突っ込んだ。そんなにココアをぐるぐる混ぜて一体どういうつもりなんだろう。栄口が取りとめもなくそんな感想を抱くと、水谷はスプーンの先から垂れるココアのしずくへ視線を集中させながら、また口を開く。
「このお節介め」
やっぱりなぁ。栄口はあらかじめ予測していた後悔をなぞった。
「だって水谷、あのあとどうするつもりだったんだよ」
「別に普通に家帰ってたっつの」
「ふーん」
「あっ、なにそれ、むかつくわぁ〜……」
水谷がまた高速でココアをかき混ぜる。お前それ、ねるねるねるねならとっくに色が変わってるんじゃないか。栄口がふと思いつきで述べたら、どうも水谷のツボに嵌ったらしく、さっきの泣き顔がまるで嘘のようにけらけらと軽く笑った。笑う顔を見せてもらうのも久しぶりだった。なつかしい。
猫舌なんだよと返されて、そういえば昔皆でラーメンを食いに行ったとき、レンゲを使って器用に麺をすする様が妙で、なぜかと尋ねたらそんなことを言っていたと思い出す。
もう具合がいいらしく、水谷はかき回すのを止め、口へカップを寄せてココアをひとくち飲んだ。
「なんか久しぶりにしゃべった気がするな」
ふ、と水谷が目尻を緩ませた。栄口もそうだなぁと思ったけど、そのことを口にしたりはしなかった。本当は言いたかったけれど。
「水谷さっきなんで泣いたの」
大きくて丸いクッキーは想像していたよりも硬かったが、少し強く力を入れたらきれいに割れた。その半分を差し出すと、水谷は受け取りつつも何か考え事をしているようだった。
「あれも考えなきゃこれも考えなきゃって思ってたら、わーっと」
「わーっと」
栄口が繰り返したら水谷も続けた。わーっと。クッキーを色気なくボリボリと噛み砕く水谷を泣くまで追い詰めたのはいったい何なんだろう。
「あのマチダってのが悪いのか?」
「マチダは悪くない」
即答だった。断言されると栄口はもう解決の糸口を見失う。中学時代の話なら自分にとってはヒントが少なすぎる。もっと突っ込んで聞けばいいのだろうけど、さすがに他人の過去へずかずかと土足で踏み入るような無神経さは持ち合わせていなかった。