ノースキャロライナ
そのずいぶん長い独白を栄口は黙って聞いていた。相槌など打ったら、ぼそぼそしゃべる水谷の声へ被ってしまいそうだった。
「でも、なんか、マチダ元気そうでよかった」
顔を上げる。目線はさっきよりいくらか高いところを向いていた。
「オレも元気になれたら、何食わぬ顔で『どこまでやった?』って聞いてやる」
にい、とわざとらしく唇を横に引いて水谷が笑い、またココアを飲んだ。水谷は強い。こんな境遇でも誰かを恨んだりしない。
栄口は全くの部外者だが、マチダが水谷へ言えない理由も、水谷がマチダへ問えない理由もなんとなくわかる。お互いが大事だからこんなふうにねじれてしまったんだろう。
マチダは水谷がどんなにその子のことを好きだったか知っている。ぬけぬけと恋人宣言したら水谷が傷つくのは目に見えている。
水谷はあんなに相談をした手前、本当のことを尋ねたら絶対マチダは気を遣うと思っている。
ただ二人は前みたいに友達でいたいだけなのだ。たとえそれが塗り固められた嘘がなければ成り立たないものであっても。だから一生懸命考えて相手を傷つけない最良の手段を探しているのに、どうしてだろう、水谷から些細な擦り傷が絶えることはない。
「水谷は悪くないよ」
言いたかったから言ってしまった。こんな甘いだけの助言、水谷にとっては無意味だ。告げたあと栄口は少し後悔した。
「気休めだなぁ」
案の定水谷は苦笑いを返し、そのあと空のマグカップの柄をくるくる弄んでいた指を止めた。数秒の間を空け、栄口へ向き直る。
「でもあともうちょっと経ったら、栄口の言ったこと思い出してみようかな……」
救うはずだったのに逆に救われている。きっと今自分は嬉しさとふがいなさが混じった、なんとも複雑な表情をしているだろう。そんなことを考えながら、栄口はぬるくなったコーヒーの最後の一口を飲み干した。