ノースキャロライナ
目的と手段がすっかり入れ替わっていて、自分たちは発注書を届けるために駅近くまで来たことをすっかり忘れていた。時刻は五時前、そろそろ行っておいたほうがいいだろう。ずいぶん長居をしてしまったコーヒーショップから出ると栄口は水谷へ店のことを聞いた。すると水谷はそこで何度か買い物をしたことがあるらしく、「ここから結構近い」と教えてくれた。
「やみくもに歩いてたわけじゃないんだな」
「いちおうさぁ……嫌だったけど」
「何が」
「仲直りのお膳立て?」
それは確かに栄口もそうだった。
「頭ごなしに『仲良くしろ』って言われたほうがまだいい」
「わかる」
「勝手に喧嘩したんだから勝手に仲直りするっつの」
「でもまぁ、みんなオレらのこと心配だったんじゃないの」
「それもなぁ、なんかなぁ……」
「うん」
顔を見合わせて小さく笑った。明日、前のように戻った二人を見たら部員たちはいったいどんな反応を見せるだろう。それもなにか、微妙だ。
スポーツ用品店で頼まれごとを済ますともう日がだいぶ落ちていた。西の空に夕日が小さく残っている、明日も晴れだろうか。
栄口は今日電車を利用して登校したのでまた駅まで戻らなければならない。その旨を伝えたら自らの行き先を特に告げはせず、水谷ものらりくらりとついてきた。
さっきの本屋の前にはまだたくさんの自転車がとまっていた。それまで何気ない雑談をしていたが、店内からあふれる光にふと目を奪われ、栄口はなぜかマチダの顔を思い出した。
「カーディガンもオレのトラウマなわけよ」
水谷が脈絡もなくそんなことを伝えてきたから少し驚いた。栄口もすぐにそのカーディガンが何を指しているのか理解した。この間、自分が水谷のカーディガンを手に持っていたことだ。
「そのことについて全部隠さず言ったら死んじゃいそうだから言えないんだけどさ」
「……でも今のでだいたい半分くらいわかっちゃったよ」
「ひっでぇ、じゃあ今オレ半分死んだな」
ゾンビか、栄口がそう返すと水谷は「ゾンビゾンビ」と二回繰り返して笑った。
そのあと水谷が始めたゾンビをたくさん倒すゲームの話にうんうんと相槌を打ちながら、ぼんやりとあの日からの自分を思い返した。水谷も過去に自分と同じような行為に及んだから、あんなふうにひどい拒否反応を示したのだろうか。半分しかわからないのでちゃんとした推理ができない。
しかし仮にも振った奴と振られた奴の間柄なのだ、こんなに元に戻りすぎるのもどうかと思う。水谷は栄口から好意を持たれているということも、混乱に紛れてどこかへ忘れてしまったんじゃないのか。
しかし、ふりだしに戻るのが栄口の望みだったので特に気に留めないことにした。好きな相手から仲のいい友達へ変わるまで、このままゆっくり隣にいたい。そう願うのは贅沢だろうか。