ノースキャロライナ
そんなこんなで駅までたどり着いた。水谷どうすんの、と聞いたら、あっち、と駅の向こうを指した。あっちへ歩いて帰るのか、あっちに自転車があるのか、あっちでバスに乗るのか、栄口にはよくわからなかったから、とりあえずうなずいておいた。
人の波が続々と改札をすり抜けていく。自分の乗る電車もそろそろちょうどいい感じなのかもしれない。栄口は水谷へ「じゃあ」と言って別れようとしたのだが呼び止められたので、なんだろうとそこへ留まった。
「あの」
「どした?」
「オレ、本当は気持ち悪いなんて思ってないんだ」
「……ああ」
「栄口にひどいことを言ったと思う」
「べつに」
栄口、と水谷は再度名前をつぶやく。
「ごめん」
なぜかいつも汚れている感じがする駅前のアスファルトへ声は吸い込まれていった。栄口はうつむく水谷へ「いいって」と返すのがやっとだった。そしてまた別れの挨拶を述べ、今度は逃げるように水谷から離れた。振り返らない自分を水谷はどう思うのだろう。
そのフォローも全部明日へ回してしまおう。もしくは家に帰ってからでも遅くないだろう。でも今はとてもじゃないけれど無理だった。栄口は今二度目の失恋をしたのだった。
ごめん、か。ありふれた断りの文句だった。栄口の妄想するバッドエンドの水谷にも確かそんな台詞を言わせていたはずだ。きっとやさしい水谷ならそんなふうに自分を振るだろうと予想していた。思いもよらぬ出来事でデッドエンドに遭遇してしまったからすっかり忘れていたけれど。
それで、悲しい結末のあと自分はどうするって思ってたんだっけ。
ホームへ到着した電車にはもう人がたくさん乗り込んでおり、栄口は必然的にドア付近にいることになった。
水谷が自分を嫌いじゃないとわかったのに、どうして素直に喜べないんだろう。電車が揺れるたび身体が薄白く濁ったドアガラスへぎゅうぎゅうと押し付けられる。
嫌われてもいいから水谷の特別でいたかった。その心にずっと居座っていたかった。そんなことを思ってしまう自分はとても救いようのない人間だ。
終わってる。
外の闇に反射され、人の姿がぼやっとした輪郭でドアガラスへ映る。その中のひとり、目の前の不鮮明な自分はとても暗い目をしていた。