ノースキャロライナ
ホモはねーよ。しかも死ねだってよ。
昨日に続き今日も一人の帰り道で白い息を吐きながら思う。マフラーを巻いた首をすぼめたが覆いきれず、耳だけがじりじりと痛かった。心が砕け、散り散りになってしまったみたいで感情がきれいにまとまらなかった。それでも時々思いつくのは水谷のことで栄口はいい加減うんざりした。別のことを考えよう。
腹減ったな、飯食いたい。疲れた、眠い。
そこで終わってしまった。
オレはこんな短絡的な人間だったろうか。……いや、違う。今までずっと水谷のことばかり考えていたからだ。ずいぶん長い間、水谷のことだけで頭が一杯だった。
そう気づいたら目から涙がどっと溢れてきてしまった。何も自転車に乗っている今、感情が復活しなくてもいいじゃないか。栄口は猛スピードで自転車を漕いだが、なかなか涙は飛ばず、仕方なく上着の袖で拭った。マフラーへ伝った涙はそのまま生地へ滲み、栄口の頬へ冷たい感触を残した。
家に着いたら何よりもまず真っ先に風呂へ入った。自分が泣いていたことを家族に見られたくなかった。風呂上りなら少しは誤魔化せるかもしれないという悪あがきだった。
栄口は泣くとき、いつも誰かの言葉を思い出す。『人は誰かのために涙を流すことはない』、好きな人が死んで泣いても、それは好きな人に残された自分がかわいそうだから泣くのだ、と。
今日のオレはとてもかわいそうだった。好きな人に気持ち悪いと侮蔑され、挙句の果て死ねとまで言われた。
でもどうして泣いているのかはよくわからなかった。好きな人から嫌悪感を顕にされたことが悲しくて泣いているのか、今まで丁寧に抱えていた大事なものがいきなり跡形もなく木っ端微塵にされてしまったからか、それとも別の要因か、まったく掴めなかった。
しかしいきなり『死ね』はひどい。こっちにも心の準備ってものがあるだろう。
とにかく、かわいそうなホモは死ぬことにした。とりあえず今日は晩飯を食って、英語の予習を少しだけして、見慣れた天井の壁を眺めつつ寝た。
明日から死ぬための毎日が始まる。