ノースキャロライナ
「水谷が知ってなかったほうが不思議だね」
好きなのか、と少し驚いたような様子で聞かれたので、ちょっといいなって思ってるくらい、と答えたら大げさに笑われた。
「そういうのを『好き』って言うんだよ」
煮え切らない水谷の表情を見つつ、相手はにやにやと顔を綻ばせるのをやめなかった。
「どこがいいの、あいつの」
「だから! ちょっといいなくらいって言ってんだろ!」
「オレ二年の時も一緒だけど、普通のうるさい女子だぜ」
「なにそれ、自慢っすか」
隣の机に腰を乗せ、しみじみ「好きなんだなぁ」と言われたから水谷はもう反論するのをやめた。日頃から敵わないと思っている友人だったから尚更だった。
あの子を好きだと誰かに認められると、今までぼんやりとしていた恋という輪郭が自分の中でやたらとはっきりしてくるのが少し怖かった。オレはあの子を『好き』ということにしていいんだろうか。
「マチダぁ」
「おう」
「……誰にも言うなよ」
「へいへい」
その生返事を「うわー怪しいわー」と感じた水谷は、訝しげに相手の顔を見たのだが、マチダは意外と真剣に頷いていたので、あらぬ疑いをかけてしまったと少し内省した。
図書館で勉強していたらそのまま寝てしまった自分とは違い、マチダは卒業文集の委員になっているからこの時間の帰宅らしい。この時期教室内に他の生徒はいない。ほとんどの部活が終わり、三年生は高校受験に向けての勉強が本格化し始めていた。
「あー、それそのまんまでいいと思う」
「たたんだりしたほう良くね?」
「あいつはそういうの気にするタイプじゃねーよ」
それを知っているマチダはうらやましいなぁ、と水谷は思った。結局椅子の背に被せるようなかたちでカーディガンは放置された。
「帰り道でじっくり聞かせろよ」
「な、何を」
「いつから好きだとかどこが好きだとかそういうの」
「マチダぁ!」
腕を振り上げたら相手はひょいひょいとそれを避けて外へ出て行った。廊下を響くマチダの笑い声が教室の中でもよく聞き取れた。
水谷もすぐにその後を追い、からかうマチダをとっちめてやるつもりだったが、ふと教室に注ぐ夕日に目を奪われた。机と椅子の足が伸び、オレンジ色の中で細かい線を描くなか、カーディガンが掛けられた椅子だけその影が濃かった。
あの子が座る席、あの子のカーディガン、どこにでもあるありふれたもののはずなのにちょっと特別に見えてしまうこれはやっぱり恋なんだろうか。
「水谷ー!」
「うるせーよ!」
呼ばれた声に荒っぽく返事を返して廊下へ出た。するとマチダが奥のほうで好きな子の名前を一文字ずつ、大声で言い始めたから、水谷は「やめれー!」と叫びながらすっ飛んでいくことになった。