【Secretシリーズ 2】Truth -真実-
第6章 屋敷へ
旅立ちは、翌朝だった。
ドアの前で仲間たちは、ふたりを見送る。
ドラコは他人からの馴れ馴れしいスキンシップなど、大嫌いだった。
親しげに笑いかけられることすら、苦手としている。
それなのに次々とみんなが、ドラコの手を取って別れの言葉を口にしたり、その肩に手をかけて彼のこれからの無事を祈ったりしてくれることが、とても嬉しかった。
涙がこぼれそうなほど、嬉しいのだ。
しかし、ドラコは泣くことはない。
その顔は無表情で固く、感情が表に出ないように、必死で抑えていた。
(もう彼らと会うことは、二度とないんだ。最後くらい素直になれ!)
心のどこかで、自分の声がする。
でも、それが出来るくらいなら、もうとっくに、ドラコはドラコとして生きてはいない。
この異常なほどのプライドの高さが、ドラコ・マルフォイとしての由縁だった。
自分はとても嘘つきで、臆病で、どうしようない性格なことは分かりきっている。
仲間はドラコに挨拶すると、となりにいるハリーにも、見送りの言葉をかけた。
ハリーは笑いながら、その言葉ひとつひとつに頷いている。
赤いマントを羽織ったハリーは、むかしからよく見慣れている、クィディッチの試合のときのユニホームを思い出させた。
体調はきのうよりは、いくぶんよくなっているらしい。
顔色に少し赤みがあった。
ドラコはそれを見て、ホッとする。
ドラコが隣のハリーに気を取られている隙に、誰かが自分にぶつかってきた。
ひどく驚いたドラコに、タックルをしかけるようにロンはその肩に手を回した。
「まったく君は最後まで、ワガママで、本当に、イヤなヤツだったよ」
そう言いながら、相手の肩をたたく。
「――いいか、ドラコ。いいことを教えてやるよ。君の弱点だ!君はカードでいいものを引くと、右のほほが少しだけ動くんだ。これからそれには、気をつけたほうがいい。あれがなけりゃ、僕と君とのゲームの勝敗は、五分と五分の引き分けだったのに、本当、残念だったな」
相手の顔をのぞきこみ、人懐っこい笑みを浮かべた。
「できたら、もっと君とゲームとかしたかったけど、仕方がないね。君のチェスの腕前は中々のものだったのに。ライバルがいなくなって、本当に残念だよ。――ああ、本当、君がいなくなるなんて、本当に残念で仕方がない」
そう言うロンの表情は、笑っているのか、泣きそうなのか分からない、微妙な顔をする。
ハーマイオニーは冷静で知的な女性だった。
なのにドラコの前では、派手に涙をこぼしている。
泣きながら、ドラコの手をぎゅっと握った。
「…………気をつけて。ドラコ。気をつけるのよ。あなたはとても、体調をくずしやすいの。夜は冷たいものを飲んじゃダメよ。間食はほどほどにすること。朝は低血圧なんだから、からだを温めるスープは必ず飲むのよ。ああそれから、野菜の好き嫌いはしちゃダメ。特にトマトはね。あれは栄養があるの。あと着る物は、もっと多く着なさい。薄着すぎるわ。靴下もちゃんとはくこと。いくら素足が好きでも、冬は冷えるから、絶対に守りなさい。――それから……。それから……」
ハーマイオニーは恥ずかしそうに、頭を振る。
「……ああ、ごめんなさいね、ドラコ。あなたの顔を見ていると心配で、まるで母親のようなことばかり言ってしまうわ。あなたには、もっと知的な言葉で、お見送りをしたかったのに……」
「ごめんなさいね」何度もそう言いながら、背伸びをして、ドラコを抱きしめた。
「……あなたの幸福を、心より願っているわ……」
そっとそのほほにキスをした。
ふたりはドラコから名残惜しそうに離れると、勢いこんで隣にいる、ハリーの両側から抱きついた。
ふたりに押されて、ハリーは前につんのめりそうになる。
3人の間には言葉もなかった。
ただ笑いあっている。
それだけで意思が通じる信頼が、3人にはあった。
ハーマイオニーは何度も何度も、ハリーのほほに、おでこに、キスをする。
くすぐったそうに笑いながら、ハリーそれを受けた。
負けずにロンも、ハリーに見送りのキスをしようとする。
それだけは逃がれようとしたが、ロンに両ほほをがっちりと挟まれ、ハリーは唇に強引にブチューッとキスをされてしまう。
顔を離すと、お互い吐きそうな顔で、口をぬぐった。
「気持ちの悪いことをするなっ!」とハリーが文句を言って、まわりを笑わせる。
「いいじゃん。きっとドラコを送って帰ってきたら、寂しがると思うから、代わりに毎朝、僕が君にキスしてやるよ」
ロンもオェーッという顔をしながら、負けずに言い返してくる。
「それだけは、死んでも辞退するっ!勘弁してくれっ!!」
ロンは馴れ馴れしく、ハリーの肩をポンポンとたたいた。
「僕は兄弟が多くてね。朝のキスをする相手が一人増えたぐらい、なんともないから、遠慮することはないぞ。――なあ、弟よ!」
「なにが弟だっ!!」
「だって僕は3月生まれで、君は7月生まれじゃないか。例えその差が、数カ月だけだとしても、僕のほうが年上だから、僕のことを『お兄ちゃん』と呼んででいいぞ。なあ、弟よっ!」
「弟なんて、呼ぶなっ!!」
ハリーはふざけて、相手の赤毛をくしゃくしゃにする。
朝の光の中、みんなの笑顔があった。
ドラコもつられて笑ってしまう。
心がとても温かかった。
――――そして、思う。
(僕はこの仲間を捨てて、いったいどこへ帰ろうというのだろうか?)
彼の住んでいた屋敷は大きくて、冷たい大理石で出来ている。
豪華な家具や、見事な調度品。
たくさんの召使にかしずかれ、広い自分の部屋には誰もいない。
――――そう、誰もいない――――
真っ暗な気分になった。
ぼんやりしていると、ふいに肩をたたかれた。
「さぁ行こう、マルフォイ」
「ああ、そうだな」
慌てて答えた。
彼は熱でうなされたあの夜以外、ドラコを名前で呼ぶことはなかった。
いつも「マルフォイ」だ。
ふたりには、微妙な距離がある。
箒にまたがると、空に飛んだ。
ハリーとドラコは下にいる仲間に最後の挨拶に手を振ると、北の方向へ向かった。
風は冷たかった。
空は朝焼けで、薄ピンク色に輝いている。
ハリーのあとをドラコは追いかけた。
いつもドラコはハリーの背中ばかりを、見ていた気がする。
クィディッチでは一度もかなわなかった。
試合に負けると、天性の才能を見せ付けられた気分で、ひどく落ち込んだものだ。
一度は友達になりたいと思ったことがある。
しかし、相手からあっさりと却下され、今まで誰からも否定されたことがなかった彼は、ひどく傷ついたのだ。
全ての過去の思い出には、いい記憶など、どこにもないじゃないか。
なのになんで、ハリーは自分のことを、今さら選んだのだろう?
ハリーへの思いは、ひどく混乱している。
それがひどく嬉しいのか、苦しいのかよく分からない。
ただ、その前を行く彼がこちらを振りかえって、手を差し伸べてくれたらいいなと、何度も思ったことはある。
作品名:【Secretシリーズ 2】Truth -真実- 作家名:sabure