遠くの花火、近くの残響
それがどうだ、忘れていたのは自分だけだったなんて信じられない。この一年、水谷と付き合うわ、受験はあるわで忙しかったし、約束を失念していても仕方ないと思うのだが、水谷も栄口と同じ状況だったから、やはり自分に非がある。しかもバイトで約束を破るなんて最低だ。よく水谷が怒らなかったものだ。
おそらく水谷は去年交わした花火の約束を覚えていたから新しいサンダルを買ってきたのだろう。そう思い当たると本当に申し訳なくて、栄口はすぐにでも相手へ詫びたくなった。
緩い上り坂を漕ぎ続けるといつもの橋まで到達する。花火大会のせいか通りを歩く人はまばらだ。橋を過ぎれば家まではあと少しだからと、栄口がまた漕ぐ速度を速めた時だった。
「栄口!」
突然名前を呼ばれ急ブレーキをかけると、前輪が嫌な音を出し、栄口の身体は前のめりで停止した。暗くてよく確認していなかったが、もしかして知り合いがいたのだろうか。
「おいおい、超スルーだったよな今!」
スーパーのビニール袋を片手に駆け寄ってきたのは、切々と謝りたいと考えていた相手、水谷だった。
「……びっくりした」
まさかこの橋の上で遭遇するのは想定外だった。てっきり憂さ晴らしに出かけているか、家で腐っているかのどちらかだろうと栄口は推測していた。
「あっ、今日チャーハンだから」
水谷はビニール袋を軽く上げると得意げにそう言った。そのままつらつらと、ネットでパラパラなチャーハンの作り方を見たこと、材料を買いにスーパーまで行ったこと、家へ戻ったら卵を買い忘れてまた出かけたことを喋り、次に、お前がこの間クリアしたゲームをやってみたけど難しすぎ、と不機嫌そうに嘆いたら、栄口はようやく、はっ、と我に返った。水谷の話は取り止めがなさ過ぎて、ついどこまでも聞いてしまいそうになる。
「あのさ水谷、怒ってるだろ?」
「え? なんで?」
「オレ約束思い出したんだ。去年の、夏の」
視線を合わすのが怖くてうつむくと、卵パックを入れた白いスーパーの袋が闇の中でくるくる回っていた。橋下の川は夜の印象をいつもどおり流し、ゆるいコーヒーゼリーが平然と右左へ動いているようだった。
作品名:遠くの花火、近くの残響 作家名:さはら