遠くの花火、近くの残響
「ごめん」
せめて謝罪するときだけは目を見ようと顔を上げたら、黒とも青ともいえない曖昧な夜の色をしていた水谷の頭上が、ぱっと明るく色づく。驚いた次の瞬間、このあたりでは聞いたことのない大きな破裂音が響き、ざわざわとした残響が川の上流へ下流へ、すっと風と共に消えて行った。
「びびった、何で同時じゃないんだ」
「光と音の速さが違うからじゃないっけ、雷もそうじゃん」
「あー……なるほど」
とうとう花火大会が始まったようだったが、ここから肝心の花火は見えず、びかびかと色を変える空が黒い川をじわりと染めるだけだった。未だぼやけた轟音が鳴り響く中、水谷は少し声を強めて平然とさっきのゲームの話をし始めた。
「んでさぁ、三面のボス強すぎね? 倒せんのアレ」
「あれは撃って逃げるの繰り返し……って水谷!」
珍しく栄口が大きな声で自分を呼ぶものだから、水谷は何事かと目を丸くした。
「ごめんな、約束破って」
「いい」
水谷はとても味気なくそう言い、すぐさま話をゲームへ戻した。
「その撃つタイミングがわかんないんだって、隙無くない?」
その態度が栄口には心の底から怒っているように見えてしまう。
「水谷、聞けよ、オレ真剣に謝りたいんだけど」
「やだ」
素早い否定が返ってきて栄口は言葉に詰まる。水谷は自分の返答で栄口を怯ませたことに負い目を感じたのか、ふいっと視線を川面へ向ける。
「オレ栄口に謝られるの嫌い」
そう言い、口を尖らせたあと少しふくれた。
「オレが謝るのは全然構わないけど、栄口が謝るのは嫌だ」
吐き捨ててすぐ、ふん、と鼻を鳴らすものだから、あまりの横暴さに栄口もカチンときてしまった。
「わっ、ワガママだなー……」
「何とでも言えよ」
断りもせず卵パックの入った買い物袋を自転車の前カゴへ置き、てくてくと水谷は先を歩いて行く。
またこのパターンだ、オレと水谷って毎回こういう喧嘩ばかりしてるなぁ。栄口は相手に気づかれないように小さくため息をついた。ちらりと盗み見た横顔にはやはり怒気があって辟易してしまう。花火のやたらとでかい音が耳に不愉快だ。
作品名:遠くの花火、近くの残響 作家名:さはら