遠くの花火、近くの残響
鈍い色のスパンコールが散ったような川を眺めつつ、ラフな格好の水谷は進む。夏場の水谷は部屋にいるときTシャツと下着だけでいるから、おそらく下にジーンズをはくことでそのまま出てきたんだろうな、と栄口は無駄な推測をした。
でも靴がいつもと違う。一緒に出かけたとき、これを買うと言い張る水谷に栄口がドン引きした、金ピカのスニーカーのかかとが見えていない。
「水谷?」
疑問をそのまま声に出して名前を呼んだから、花火の音で消されてしまったと思った。けれど水谷は歩みを止め、膨れっ面をこちらへ向けた。
「なんだよ」
自転車を押しつつ栄口が追いつき、その足元を確認して少し驚いてしまった。玄関にしばらく放置されていたあのサンダルを水谷が履いていたのだ。
「それ履いたのか」
「履いちゃいけなかったのかよ」
「いや、花火行くとき履くって言ってたから」
あたりに轟いていた音が一旦止む。水谷は自分の毛先をくしゃくしゃと掴んで面白くなさそう顔をしている。とてもわかりやすい、言葉を探すときの癖だった。
「……なんかそういうの子供っぽいっていうか女々しい感じがして、履いた」
「別にそんなことないだろ」
水谷の後ろの空は煙でさっきより淀んでいる。
「……栄口が約束忘れてたって、オレは別にいいんだ」
一旦川へと外された視線が、今度はまっすぐに栄口へ向けられる。
「オレが覚え続けてることが大事だった」
普通の表情、と例えたらどこか変なのだが、笑っても怒ってもいない、素のままの顔をした水谷が言う。
「だからオレの勝手な思い込みだし、謝られる筋合いは全然ない」
栄口はなんだかとても切なくなってしまった。一年前の自分と全く同じことを水谷も考えていたのだ。
「水谷さぁ、オレますます謝りたくなったんだけど」
「はぁー? 喧嘩売ってんの?」
乱暴な言葉のわりに水谷はにやにやしていた。その顔があまりにも緩みきっていたので、無意識のうちに栄口は吹き出してしまった。その場でしばらく笑いあっていると、また花火の残響が鳴り出す。去年の夏はもっと近くで大きな音を聞いていた。きれいに広がる光の輪も、色鮮やかな火花も今日は確認することができない。
でも、けど、と栄口は思う。
作品名:遠くの花火、近くの残響 作家名:さはら