遠くの花火、近くの残響
行くはずだった花火大会へ行けなくなったと思ったら、直前になってまた行けると言われた水谷の心情を考えると、やはり振り回されることに疲れてしまったのかもしれない。閉じた携帯電話を後ろポケットへ雑に突っ込んだら、そんな結論が栄口の腹の中へ落ちた。
水谷からぎゃんぎゃん怒られるよりも、ああだこうだと駄々をこねられるよりも、気力なく諦められてしまうほうが悲しくなるのはなぜだろう。そっちのほうがよっぽど焦るし、不安になる。
だから仮病でもなんでも嘘をついて断ればよかったのだ。
栄口はとっさに嘘のつけない自分を恨んだ。バカ親切にハイわかりましたと安請け合いしたって都合よく使われるだけだ。今日バイトへ行ったらしみじみ思ってしまった。どうも自分はこういう立ち回りが一向に上手くなれない。水谷はこんな自分に呆れてはいないだろうか。
駐輪場から自転車を出して家へと漕ぎ出すが、なんとなくペダルが重い。頬を撫でる風もぬるく、横へ流れる建物の輪郭がぶよぶよとふやけて見える。少し先では歩行者信号がせわしなく点滅していたけれど、スピードを速めたりはせず、赤に変わってようやく栄口は横断歩道の前へのろのろと到着した。地面へ脚をつけたら立ち仕事の疲れが下へ下へと落ちていく。
ハンドルへ体重を預けてため息をつく。浮かんでくるのは水谷の残念そうな顔だった。あいつ今日何してたのかな。栄口がそんなことを思うのは、朝出てくるとき寝ている水谷をそのままにしてきたからだった。無理に起こす必要もないだろうとそうしたのだが、実はどこかで水谷と向き合いたくないという気持ちがあった。
ライトの点る車の列がゆるゆると目の前を過ぎていく。左へのウィンカーが栄口の視界の隅で明暗を繰り返していたが、本人はそれにも気にとめず、ぼんやりと電話先の水谷の声を再生していた。
別にもう花火に固執する必要はないのだ。水谷もさっき「行かなくていい」と言っていた。だからこんなに後悔し続けなくてもいいのに、どうしてだろう、栄口の頭の中は行けなくなった花火大会のことで一杯だった。
もしかしたら自分は、はしゃぎすぎていた水谷よりも花火を楽しみにしていたのかもしれない。
ああ、そうなのか、と栄口は納得してしまった。意識しているよりもずっと、自分にとってはこの約束が大切なものだったのだろう。訳なんか今更わかったってどうしようもない。せめてバイトの電話が来る前に気づけばよかったのだ。そうすればきっと今頃自分と水谷は……。
作品名:遠くの花火、近くの残響 作家名:さはら