遠くの花火、近くの残響
青に変わった信号を少し疎ましく感じるのは、まだ考え事をしていたかったからだった。しかしここに留まる理由もなく、栄口が漕ぎ出した自転車はさっきより幾分速度が落ちてしまっていた。通い慣れた道の見慣れた景色なのに、今日はなんだか街灯が暗い。
そんなに花火が気掛かりなら一人で行けばいいのだ。なおも悔やみ続ける自分に嫌気が差してきた栄口は半ば自棄でそんなことを思う。しかしそのアイデアは何の解決にもならない。二人で一緒に行くから楽しみだったのだ。去年だってほぼ皆と一緒のようなものだったし。
ふと引っ掛かりを感じ、栄口は腹の中へ沈みかけていた愚痴を拾い直した。そういえば確か去年も花火大会へ行った。あれは夏大が終わったあとで、野球部三年全員でひどく賑やかだったから、多分というか絶対水谷もいたはずだろう。
栄口はこれを期に、今まで隠していた水谷への淡い感情をどこかに埋めるなり流すなりしなければなぁ、と静かに割り切っていた夏だった。
二つめの信号で止まったらするすると記憶がよみがえり、一年前のことなのに交わした会話の内容まで思い出してしまった。そういえばサンダルのことも話していた。
去年の夏は常に諦めが付いて回っていた。そして何より一ヶ月後、空と地面がひっくり返って水谷が告白してきたものだから気が動転して、あの花火大会で漂っていた微妙な空気なんて忘れ去ってしまっていた。
今は一緒に住んでいるし、普通にやることはやっているから、一年前の自分の緊張っぷりは何だったのだろうと少し笑えてくる。水谷だってそうだ。あんなに当たり障りのないことをつらつら言いつつ、本当は栄口のことを好きだったなんて誤魔化しすぎにもほどがある。
でもそういう時期が確かにあったのだ。お互いのことが好きで、でも迷惑だろうなと知っていたから何も言えずにいたことが。
一台の車が強引に交差点を突っ切ると信号が色を変えた。もう少し行けばいつもの橋が見えてくる。
作品名:遠くの花火、近くの残響 作家名:さはら