遠くの花火、近くの残響
二人が進みたい方向からどんどん人が押し寄せ、なかなか前へ進むことができない。やはり皆もっと近くで花火を見たいのか、開場まであと数分もないのに人の数は一向に衰えなかった。並んで歩く水谷がいないと気づくと、雑音に紛れて「栄口ぃ」という呼び声が聞こえ、後ろのほうの人山でぴょんぴょんと手を振っている何かがいたりする。こんなに混んでしまっては、またいつはぐれてしまうか心配だ。
もういっそ恋愛感情を吹き飛ばして「手を繋ごう」と言ったほうが楽に思えてくる。しかしそんな提案をする自分を全くイメージできない。冗談として言うのも無理。というか頭の中にいる小さな栄口が「やめろー」と大声を出してそんな妄想を掻き消してくれるのだった。
前からやってきた高校生くらいの集団はその形状を崩したくないらしく、全くこちらを避けようともしないので、栄口は必然的に隣との間隔を狭めた。近くなってようやく思い出したが、当然隣には水谷がいる。
すぐさま次にすれ違った大柄なおばさんから体当たりされたら、栄口の手の甲に水谷の手が触れた。人の肌の持つ熱っぽい感触に自分の中で小さく火花が散ったように思えた。
「ごめん」
相手の目も見ず慌てて謝ってしまった。水谷も何か短い言葉を返したようだったが、ついに上がり始めた花火の音で何も聞き取れなかった。
反射的にそうしてしまったが、謝る必要なんてどこにもない。謝るから余計変に思われることだってあるだろう。でもずっと水谷の手のことを考えていたから、触ってしまったことがとにかく後ろめたかった。
耳には花火の破裂音が響く。なんだかとてもその場にそぐわないことをしでかしてしまったみたいで、栄口はさっきよりも乱暴に歩みを進めた。迎えに行くと申し出たのは自分なのに、隣に水谷がいるのかすらも、もうどうでもよかった。どこか誰もいないところでしゃがみ込み、「オレはバカだ」と繰り返していたかった。
正直なところ、栄口には水谷を迎えに行く義務などなく、他の部員からも「放っておけば合流するって」と言われたくらいなのに、「かわいそうだから」とかいう変な理由をこじつけてここまで来てしまった。
本当にかわいそうなのはオレなんだろう。そんな実感が栄口を満たす。二人きりでいたいという下心を親切や同情で隠し、面倒見のいい人を演じているだけだ。逆に言うとそれらの大義名分がないと何もできない。
部活は終わった。栄口と水谷とを繋いでいた一番重要な関係が消えてしまう。きっと夏休みが終わったら、受験もあるし、だんだんと疎遠になっていくのだろう。だらだらとオチのない話をしに栄口のクラスへも来なくなる。味の違うパンを二人で分け合って食べることもなくなる。いつも調子の悪い携帯音楽プレーヤーを叩いて直す水谷も見られなくなる。
作品名:遠くの花火、近くの残響 作家名:さはら