遠くの花火、近くの残響
自分は目の前を過ぎていくそれらを黙って傍観できるのだろうか。水谷から自分という要素が抜けていくのを仕方のないことだと言い聞かせられるのだろうか。
できるのだろう、きっと。そう思い込まなければ、とてもこの夏を越せそうにない。
「ちょ、栄口……!」
後ろから引っ張られて暗い考え事は散る。身体が持っていかれる感覚に驚いて振り向いたら、水谷が栄口のTシャツの裾を掴んでいた。
「サンダル、壊れかけてるっぽい」
「えっ、本当?」
懸命の思いで人の波から外れると、わずかながらスペースがあった。そこで水谷は栄口の肩を借り、右足のサンダルを脱いでみると、暗がりでも横のベルト部分がちぎれかかっているのがよくわかった。
「これやばいよなぁ、ここ取れたら歩けなくなっちゃうじゃん」
「うん、本当だ……」
「さっきからずっとぶかぶかしてたんだよな」
水谷が確かめるようにいじると、それが最後の一撃だったのか、サンダルのベルトは片方を残し、分離してしまった。
「マジか……!」
「その状態で歩けんの?」
そう心配すると水谷はサンダルを地面へ下ろし、足を入れて進もうとしたのだが、二、三歩も行かないうちに脱げてしまっていた。
「あははは……どうしよ」
乾いた笑いのあと、深刻そうにこちらを見つめてくる。
「どうするったって……」
どーん、と大きな音が響き、花火の明かりで周りが少し明るくなると、少し先にコンビニがあることが見通せた。
「でもコンビニに靴なんか売ってなさそうだし……」
「だよな」
続けて打ちあがった花火が水谷の表情を明らかにする。疲れたような悔しいような、そんな感情が混じっていた。
「栄口、迷惑かけてごめん」
水谷が思いつめた雰囲気で謝ると、栄口のどこかで何かが開いてしまった気がした。程なくある事実に気づく。自分は水谷から謝罪されるのが好きなのだ。うわぁ、なんかちょっと嫌だ、病気っぽいじゃん。瞬時に心の中で言い返したけど、多分それは本当なのだろう。
「きっ、気にすることないって」
「そうかぁ? でも……」
「どうする? それもうダメだろ?」
しょげる水谷にぞくぞくしてしまいそうで、サンダルへ目を向けるふりをして視線を外した。その曲線を覚えてしまうくらい足の指ばかりを凝視している。
「どうすっかなぁ」
「オレにはガムテープでサンダルをぐるぐる巻きにするくらいしか思いつかない」
「あ、それいーかも」
「へ?」
「靴底ごと巻いちゃえばなんとかなりそ」
ただの冗談へそれは名案だとばかりに乗ってきたので栄口は驚いてしまった。とにかく本人がそう言うので水谷を待たせ、急いでコンビニでガムテープを買って戻る。
作品名:遠くの花火、近くの残響 作家名:さはら