遠くの花火、近くの残響
水谷は切れたところへ被せながらぐるぐるとガムテープを回し、足の甲の部分をすべて覆ってしまった。そうやってできたものは、なんとも不恰好なサンダルだった。
「おっ、歩ける歩ける!」
上機嫌な水谷が栄口の前を行ったり来たりしてみせた。
「水谷それでいいわけ?」
「えー? なにがー?」
「ガムテープなんか貼っちゃってさー」
栄口はその思い切りの良さに呆れてしまっていた。
「来年の夏になったら新しいの買うから」
口を引いて、にっ、と笑う。
「じゃあ今年はもうサンダル履かないのか?」
「そういうことー」
じゃあ今年はもう水谷の足の指も見納めだなと寂しくなったが、そんな変態くさいことを考えている自分がつくづく嫌になる。
オレは多分、水谷の新しいサンダルを見ることはないんだろう。歩き出した水谷の背を見つめつつ栄口が思っていると、急に前を行くその身体がくるりと回った。
「花火さ、来年も行こうよ」
何の前触れもなく水谷が言った。
「えっ? 来年?」
突然の提案に驚く栄口に構わず、水谷は言葉を続ける。
「また来たいな、オレ」
誰とだ、と疑問に思ったが、どうもここにその対象は栄口しかいなかった。考え事で一瞬動作が止まった栄口へ、水谷はなぜか早口で喋り出す。
「あの、その、同窓会みたいな感じで! 予定が合えばみんな誘って、ダメなら二人でさ!」
水谷があまりにも必死すぎるので、ふっと栄口の緊張がほぐれると同時に、相手の大雑把な性格を思い出す。
一年も先の約束なんて水谷が覚えていられるはずがない。ましてや今のように高校生でもなく、二人とも新しい生活をしているのなら尚更そうじゃないだろうか。
栄口は多分覚えている。でも相手はどうかというと怪しい。水谷の周りはいつも賑やかなのだ。こちらが声をかけることを少し気後れしてしまうくらいに。
でも今、来年の栄口とも会いたいと言ってくれる水谷がいる。嬉しかった。だから一年過ぎた夏、忘れられていても別に構わないような、きれいな気分になった。
「うん」
小さく笑ってそう返すと、つられたのか水谷の口元がへらっと緩んだ。その頭上へ赤い火花が大きな円を描く。
多分水谷は忘れてしまうのだろう。今日サンダルが壊れたことも、ガムテープで直したことも、来年の花火の約束も。
しかしそれでいいと栄口は考える。おそらく自分の片思いの終着点はここなのだろう。水谷を好きになってよかった。そう思えることで終わりできるのならそれでいい。
作品名:遠くの花火、近くの残響 作家名:さはら