遠くの花火、近くの残響
ガムテープサンダルの具合がいいのか、さっきよりも元気よく歩いていた水谷が突然歩みを止めた。
「なんかここ妙に混んでない?」
そう言ってすぐ、横から人がぎゅうぎゅう割り入ってくる。駅向こうから来る道と、今まで歩いていた道とがひとつに合流したらしかった。後ろから次々とやってくる人もまた歩みを止めず、前後左右から押されて満員電車以上の混雑ぶりだ。
「みっずたにっ」
「いる、いるよぉ」
声が皮膚へ響く距離で聞こえてくるのが不思議だった。
「何がどうなって……」
「前のほうで倒れた人いるみたい」
「マジで?」
「話してる人いた」
よくこの混雑の中で情報を得られるものだ。栄口は感心してしまった。
「ていうか水谷どこいんの?」
「すぐ後ろだよ」
息が首筋に当たって背筋が伸びた。肩甲骨がだんだんと水谷の質感を伝えてくる。熱い。自分のシャツと水谷のシャツを隔ててすぐに血の通う肌がある。もしかすると肘が触れている、湿った皮膚も水谷のものなのかもしれない。
「栄口?」
この距離でその声で名前を呼ばないでほしい。頭がどうにかおかしくなりそうだ。栄口は気持ちを落ち着かせるために九九を暗唱したが「ににんがし」しか出てこなくて、ずっと「ににんがし」ばかりを繰り返していたらもっと混乱してしまった。
後ろからまた圧力がかかってくる。栄口の後頭部へ水谷の声が切れ切れにかかる。
「う、わ、わ」
自分もまた身動きが取れなかったが、後ろの水谷が気になって少し首を横へ向ける。視界の端へ茶色い毛先が入ってきたら、栄口の頭の中は「もうダメだ」と「もう死んでもいい」でぐるぐるになっていた。頑張ってみても全然冷静になれない。どうしたらいいんだろう。
背後から抱きしめられるとこんな感じなんだろうか。背中へ水谷の身体が触れるたび、そんなことばかり考えてしまう。かなり密着しているからか、頭の中の小さな栄口は酸欠状態で動けないでいて、妄想が勝手に一人歩きしている。
「わー……!」
ひときわ大きい押しが掛かり、栄口の頬へ水谷の顔がくっ付いてしまった。こんなに顔が近いと動くことすらできないが、何かが当たる感覚に栄口は問いかけた。
「水谷っ? 何それ硬いんだけど、携帯?」
「け! 携帯です!」
栄口のふとももへ何か硬いものがぐぐっと押し付られたので、少し痛くて聞いてしまった。
「つーか硬いとか言わないでー!」
硬いものを硬いと言って何が悪いのか。
とにかくもう、ぎゅうぎゅうで息は詰まるし熱いし、水谷とぴったり身体を寄せ合っているから異様に緊張しているし、早く何とかしてもらわないと多分死ぬ。
「さっ」
「え?」
「さささささ」
水谷が変な言葉を口走っているけど、横を向いたら唇が当たってしまいそうで、栄口はひたすら前を見ている。
作品名:遠くの花火、近くの残響 作家名:さはら